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文久三年(1863) 三月 下野宇都宮藩(栃木県宇都宮市) 庭には夜空に桜の花びらが舞っている。 「入ります」 宇都宮良香(雪信)は片ひざをつくとゆっくりと障子を開けた。 上座には父である宇都宮国香が腕組みをして正座している。 良香が腰を下ろすと国香は咳払いをした。 「良香(よしか)、お前を勘当する」 国香は眼を閉じ、深い溜め息を吐いた。 「父上、ありがとうございます」 良香は深々と頭を下げた。 「本当に良いのか、心変わりはないか」 「はい、憂国の気持ちに変わりはありません」 「そうか」 「明日、殿(戸田忠恕)に暇乞いをして参ります」 「うむ、粗相のないようにな」 「はい」 良香は一礼すると部屋から出る。 「江戸になんぞやるのではなかったわ…」 障子が閉まる瞬間に国香の呟きが聞こえたが、良香は何も言わずに後にした。 良香は自室に戻ると左手で刀を抜いた。行灯の薄明かりの中でも刃は光を放っているかのように美しい。 刃は日本刀と同じように反っているが切先は西洋剣のように三角形になっており、峰側の半分は刃になっている(切先両刃造、小烏丸造)。 柄は長く、通常の刀では八寸(24.2㎝)ほどであるのに対し一尺一寸(33.3㎝)もある。 ふと刃に眼を向けると、そこには仏頂面をしている自分がいた。 刀を抜けば迷いが晴れるような気がしたが、そう上手くは行かないのだな… 良香は刃を鞘に納めると、自嘲した。
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