第十一話「Happy Birthday」

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 相手は一砥に「知らなかった」と答えたそうだが、仮にも自社グループ会長の孫が婚約発表し、その相手の名前を知らなかったなど、そんなことはあるだろうか。  たとえ上司が知らずとも、スタッフの中の一人くらいは絶対に自分の正体を知っていたはずだ。というのが、花衣の考えだった。  彼らがどれほど多忙で仕事に追われており、会長の孫が婚約したことなんて知ったこっちゃない、という状況にあるかを知らない花衣は、故にそんな邪推をし、自分が選ばれた理由が「熱意と個性と実力」だなんて、到底思えずにいた。  美しく賢く、豊かな感性と美意識、良識と謙虚さといった美徳を供えた花衣だったが、行き過ぎた謙虚は歪んだ視点と卑屈な心を生み、いつの間にか、生きていく上である程度あった方が良い自信と行動力までも奪う結果となった。  それが彼女の不幸な生い立ちと養父母との関係から生じていることを、一砥は理解していたが、花衣自身は気づいていなかった。  ただ、なぜ自分は一砥や亜利紗のように振る舞えないのだろう、彼らのように堂々と生きられないのだろうと、そう出来ない自分を責め続けた。  むしろ彼らの方がマイノリティであるのだが、新しく知り合った人間がことごとく堂々と自信満々に生きているタイプだったために、花衣は、これまで感じずにいられたコンプレックスを刺激され続けていた。     
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