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 太陽の光が届く水深などごく限られた海という世界で、人間とは異なる瞼の構造をしているか、人間の様な虹彩など存在せず、極限まで光を吸収しようと真っ暗な眼窩が広がって見える様な、そんな瞳をしているのかと、心の何処かで不安に感じていたのだ。しかし、平均的な少女の双眸よりも少し大きいだけに見える。その事実が、ガリーナを何よりも安堵させた。  ストロボライトの光を和らげようと、人魚はその虹彩を絞る。初めて潜水球を見たのだろうか、警戒して逃げる事は無く、逆に興味を持ってゆっくり、近付いてくる。  けれどガリーナは、その姿をまともに見る事が出来なかった。涙で揺れ、滲んだ視界に、何事も無く健やかに成長していれば丁度このくらいの歳であったろう、と思わせるその姿は、確かに娘のものに違い無いと信じて疑わなかったのだ。  澄んだ青い瞳は、間違い無く百合子の目だ。  この人魚は、私の娘が達する事の出来なかった将来の姿。そして、今の姿なのだ。  ガリーナはベルトを外し、潜水球のバランスが崩れるのも構わず、身を乗り出した。ミシミシと音を立て始めた強化ガラスに足を乗せる。ガラスにそっと両掌を合わせ、顔を近付け、人魚を見た。  人魚は尚もゆっくりと近付き、初めて見た、同族以外で同じ半身を持つその女の姿を、しっかりと目に焼き付けようとしている様だ。  ボロボロと涙を零しながらも視線を人魚に釘付けにしているガリーナの手に、人魚は、ガラス越しに手を合わせた。  温度は、何も伝わらない。もしかしたら自分の体温が、この子の手に伝わっているかも知れないけれど。     
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