エピローグ

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 *  伯爵家を去る日。  ワレスは早朝の霧が晴れないうちに、あの川辺を歩いた。  思い出の人は、そこにはいないけど。  まだ胸の奥の痛みは鮮烈だけど。  いつかは、ほほえみながら、すぎさりし日を思いだすことができるのだろうか?  その日まで、おれは歩き続ける。  たとえ深い霧に迷いそうになっても。  このさきに、きっと道はあるのだと信じて……。  *  いよいよ、皇都へ帰るときが来た。 「ワレス。元気でね。絶対、また来てよ? 絶対、絶対だよ?」 「わかった。わかった。まあ、そのうちにな」 「ほんとは僕の騎士になってもらいたいんだけど」 「それはできない。おれの魂は自由なんだ」 「誰にも束縛されないんだね? わかったよ」  馬車に乗りこもうとするワレスを、見送りに来たユリエルが涙目でひきとめる。しかし、本気でワレスを説得できるとは思っていないようだ。ただ、ちょっと、だだをこねてみたいのだ。 「ランスがいるだろ? こいつだって、それなりに頼りになるさ」  ワレスが言うと、ユリエルのとなりに立つランスが苦笑した。 「おまえは最後まで、その調子か。まあいい。おれの負けだよ。こっちは任せておけ。ユリエルやオーランド伯爵は、しっかり守るからな」  ランスとシーザーは伯爵家が落ちつくまで、お目付役として、この町に残ることになったのだ。 「オーランドさまでしたら、私も後見役として教育していきますので、ご安心を」と、ザービス。  見送りにはオーランドやローラ、ユリエルの両親など、関係者が全員、集まっている。  ザービスの言葉を受け、オーランドは殊勝な言葉を放った。 「おれは自分のことさえ何も知らなかった。なんの力も持たないんだと痛いほど実感したよ。よき領主になれるよう鍛えてくれ」  盗賊団が暴れまわっていたとき、オーランドは逃げまどうばかりで、恐怖にふるえていたという。そのときの経験が身にしみたらしい。  今の気持ちを忘れないなら、彼はいい領主になるだろう。 「じゃあな。気がむけば、また来る」  ワレスは彼らに背をむけ、ジョスリーヌの手をひいて馬車に乗りこんだ。  馬車が走りだすと、小窓から見える伯爵邸は、みるみる小さくなっていく。  ジョスリーヌはため息をついた。 「早く退屈な田舎から帰りたいと思っていたのに、なぜかしらね。ちょっと物悲しいわ」 「彼らを好きになったからだろう?」 「そうかもしれないわね」  だが、きっと皇都に帰れば、すぐに忘れる。めまぐるしい日々のなかで。 「やっぱり、生まれ変わりなんてなかったな。誰もが生まれ変われるものならば、死など恐れない」  言いながら、ふと、ワレスは思いだした。 「……ザービスが屋敷に帰ったときには、すでにユリウス伯爵は亡くなっていたんだよな? 主君が誰に殺されたのか、ザービスは知らなかった。  ではなぜ、ユリエルは伯爵を殺したのが、弟のドミニクスだと知っていたんだろう? じっさいにはドミニクスの手下の誰かが殺した可能性だってあるのに?  断言は誰にもできない。真実を知るのは、死んだユリウス伯爵だけだ」  ゾッとしたようすで、ジョスリーヌが自分の肩を両手で抱いた。 「生まれ変わりだからよ!」 「そんなわけあるか。たまたまだよ。きっと」  この世には解けない謎もあるのかもしれない。  それもまた、楽しい。  第一話 輪廻の力学 了
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