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君の味
君はどんな味がするんだろう。僕は、ずっと知りたかったんだ。
君は甘いか、しょっぱいか。
苦いか、辛いか、酸っぱいか。
「や、やめ、そんな、きたなっ……」
芹澤彼方の制止の声が上から降ってきても、内海珪は口を離さなかった。
どうして、こんなことしたいのかもわからないまま、本能に突き動かされるように、じっくりと味わう。
彼方の男は、甘くてしょっぱくて、苦くて濃厚で、なんとも言えない複雑な味がした。
肉の匂いと塩の味はクセになる。いつまでも味わっていたかったが、彼方のほうが先に限界を迎えた。
「……どうして、こんな」
目尻に涙を浮かべた彼方は、人形のようだった。合意がないのはわかっていた。でも、こうでもしない限り、彼方を味わうことはなかった。一生。
「おまえ、どうして、おれ、もう、わかんねぇ……」
「嫌いになればいい」
「え?」
「僕を嫌いになればいい」
好きになってもらえないなら、嫌われればいい。憎んでくれればいい。無関心より、よほどいい。
「わかんねえよ! 好きって言ったり、嫌いって言ったり。なんなんだよ、おまえ。俺、どうすればいいんだよ!」
彼方が激昂するほど、珪の頭は醒めていく。
一方通行の『好き』は苦しくて。
彼方に避けられているうちに、どこかが壊れてしまった。
「ごめんね」
さよなら、と珪は小声でつぶやいた。ゆっくり立ち上がった。振り返らずに、外へ出た。
背中から、彼方の声が聞こえてきたが、立ち止まることはなかった。
これでおしまい。
完全にアウト。
思い出だけでも、もらうことができて良かった。
そう思っているのに、鼻の奥がツンとした。
夕日と潮風を全身に浴びながら、珪の足取りは限りなく重かった。
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