番外編 手を出したいのは俺の方

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 さすがにこの場で母の手掛ける作品の詳細を話すのは躊躇われたが、職業柄、あの母が航汰と華の関係に勘づいていない方がおかしい。だからきっと、航汰や華の方から話すのを、母は待ってくれているような気がした。 「詳しい理由は二人のときに話すけど、妙な心配はされてないと思うから、多分平気」 「……それはそれで、次に顔を合わせるときに、何て言ったらいいかわからないな」 「華先生が責められることは先ずないと思うけど、仮にそうなったとしても、俺に迫られたって言っていいよ。実際強引に押したの、俺の方だし」  航汰の言葉を受けて数回目を瞬かせた華が、大きな手を航汰の手の甲にそっと重ねて、プールの方へ顔を向けた。 「俺がイルカだったら、今きっと、同じことしてた」 「え?」  どういうこと、と視線を向けた先で、一頭のイルカが女性トレーナーの頬へ愛らしくキスを贈っていた。  その姿をつい華と自分に置き換えてしまって、触れ合った手や顔がじんわりと熱くなる。 「……先生って、ホント不意打ちで可愛いよね。夕飯、食べたいもの考えてといて」  客たちの視線がイルカショーに集まっている間、航汰と華は、キスの代わりにひっそりと互いの手を握り合っていた。 「───なるほど。航汰のお母さんが察しが良いのは、そういうことか」  航汰が作った夕飯を食べ終えた華が、空になった茶碗の上へ静かに箸を置いて苦笑した。     
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