呪縛

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呪縛

 美桜子さんには、二歳上の兄がいたらしい。  『らしい』と言うのは、彼女が物心つく前に、お兄さんは肺炎をこじらせて幼い生命を落とし、周囲から聞くほんの少しの思い出話と写真でしか、その存在を知ることができなかったからだ。  初めての子である兄が死んだときの、美桜子さんの母親の嘆きようは相当だったという。お腹を痛めて産んだ子を失ったショックに加えて、本家の大切な跡継ぎである男子を育て上げることの出来なかった「無能な母親」扱いを親戚一同から受けて、そのころの母は心身共に弱り切っていたと、美桜子さんは大きくなってから父親に聞かされた。  美桜子さんの記憶の中の母親は、いつも暗く哀しげな顔でうつむいていた。  口を開けば「あの子が生きていたら……」と兄の名を出し、母親は常に美桜子さんの成長に兄の姿を重ね見ており、それが美桜子さんにとってはひどく苦痛だった。  そんな母親から逃げ出すように、美桜子さんは高校を卒業してすぐに実家を出て東京の大学へ進学した。卒業後に就職をして、今のご主人と出会い結婚する際も、海外で二人きりで式をあげ、母親との交流を持とうとしなかった。
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