1 猫憑き

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1 猫憑き

 大砲優也(おおづつゆうや)刑事によると、犯人は時折震えながら、殺人の様子を次のように告白したそうだ。 「猫が喧嘩する声、あるでしょ。シャーッと威嚇する、あの物凄いの。あの声を出したんです。こう、包丁を握って振りむいた黒目が縦に細くてね。本当ですよ! 彼女がまっすぐ突き出した包丁が脇腹をかすめてね。もう殺しにきてるんです。正面から組みついてね、腕を捻り上げようとしたんだけど、女の力じゃないんです。  突き飛ばされて、背中がぶつかって鍋を落としました。幸い中身はかかりませんでした。代わりに猫が被ったらしくて、悲鳴を上げて逃げていきました。  私たちは揉み合ったまま、だだだっとリビングの方まで行って。もう獣ですよ。声とか動きが尋常じゃなかったです。もう殺すしかないと――覚悟するのは怖いものですね。  やっと包丁を奪ったと思ったら、すごい力で喉を絞めてきて、爪が肉に食い込むんです。裂けて血が出ました。怖くて、刺そうとしたら、目の前からいなくなりました。勝手に転んでたんです。動かないので、のぞき込むと、ぐわっと目を開きました。金色に光ってるんですよ! それで刺しました。はい、腹です。夢中でした。そしたら、すごい悲鳴を上げて、気がおかしくなりそうでした。  我に返るのにどのくらいの時間が掛かったんだか、きっと数秒なのでしょうが、1時間と言われたって、そうだったかもと思います。もう目を剥いてね、死んでました。  その後は、はい、すぐに逃げました。手袋もして。すいません。でも、信じて下さい。本当にあれは人間じゃなくなったんです。猫でも憑いたみたいな。あれに襲われて、よく生き残ったなと。あれから毎日夜中に目が覚めるんです。猫の鳴き声が聞こえる気がして」  大砲刑事は、今回の一件での自分自身の体験と合わせて、まるで猫に呪われたような事件だ、と言ったそうだ。  大砲刑事は冗談で言ったのだろうが、私はその推測が的を射たものであることを知っている。それは、被害者にとっても、犯人にとっても、そして猫にとっても、不幸な出来事であった。
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