第十一話「不穏」

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 一花が真っ直ぐに右手を前に伸ばし、その手の平を正面に翳すと、部屋に掛けられていた結界が弾けて消えた。 「一花……」  呆然とする伯爵を鋭い表情で見つめ返し、一花は低い声で言った。 「諦めて下さい。私は桐嶋一花。セシリアじゃない」 「一花……」  一花は今度は自分の顎から胸元にかけ、右手を滑らせた。血の跡が消える。 「私の血を口にしたことで、完全に目覚めたか……」  皮肉な笑いを浮かべ、ジェラルドは呟いた。 「今の君からは、セシリアが生きていた頃と同等の魔力を感じる」 「ええ。図らずもこんな結果となったわ。私はもう、以前の一花じゃない。あなたの言いなりにはならない」 「言いなり……?」  その場で腰を折り、ジェラルドはくっくと喉で笑った。 「君が私の言いなりだったことなど、一度としてないよ。セシリアだった時も、君は、私の命令など全く聞かなかった……」  これまで見せたことのない表情で、ジェラルドは“元妻”を睨みつけた。 「本当に、愛おしくて、愛おしくて……たまらなく、忌々しい存在だ……」  初めて本音を口にした相手を、一花は冷めた目で見返した。 「……ごめんなさい。どう言われようと、私はあなたの所有物にはなれない。……行くわ」  再び踵を返し、今度は何の邪魔をされることなく、一花は部屋を出て行った。     
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