2.失ったもの

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「ただい・・ま」 あ、やった。 声を出してから、やってしまったと思った。よく、ドラマとかであるやつ。ただいまって、言っちゃうやつな。 心の中で自分と会話しながら、ひんやりとした玄関を進む。パチン、パチン、と電気をつけて、リビング、寝室を意味も無くまわる。 そうだよな、いないよな。 昼間を思い出す。 「瀬戸口くん、これ。」 社内で渡されたファイルの硬い感触と何か伝えようとする旭のアイコンタクトに気付き、周りに見えないように中身を確認した。コロン、と鍵が掌の上に落ちる。 俺の部屋の鍵。 朝起きたら、旭はいなかった。いつも颯よりも早く家を出るが、颯が起きる時間にはまだ洗面所にいることが多い。でも、そこにも姿は無かった。 朝一、荷物を自分の部屋に持っていったのだろうか。 そんなに急がなくても、夜、一緒についてってやったのに。 目が合うと、旭は小さく頷いた。 ぎゅ、と鍵を握りしめる。 何で、何をそんなに急ぐのか、颯には分からなかった。 旭の気持ちと行動についていけていない。 鍵は営業鞄にポイと適当に放り込み、そのまま旭の方は見ずに外に出た。
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