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「俺が誰か分かるか?」 「……佐久間」 「佐久間、なに?」 「……秀一。佐久間秀一」  神崎は声を絞り出しながら、消え入りそうな声で「秀一」と繰り返した。拳に被せていた秀一の手をすがるように握り返す。よほど心細いのだろう。情けなくて可哀想で息が詰まるほど愛おしかった。秀一は神崎の後頭部に手を添えて引き寄せ、キスをした。合わせるだけの軽いキスから、深いものへ変わる。息遣いが重なったところで唇を離した。 「俺が一生、お前の傍にいてやる。尽くしてやるよ。だから俺を愛せ」 「……秀一、……すまない……。すまな……い……。愛、してるよ……」 「俺もだ」  昔のような堂々とした威勢も自信もなければ、生きがいも取柄も失った。それでも秀一は今、初めて幸せだと思った。自分だけを感じて自分だけを頼ればいい。 秀一はもう一度、唇を合わせた。  ただ、この感触と体温を感じながら、何もない暗い世界で神崎が見ているのは本当は誰の姿なのか、それだけは秀一にも分からなかった。 (了)
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