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俺の顔を見て、大ちゃんは大げさなぐらい吹き出した。
「お前さ、そんな露骨にお預け食らった犬みたいな顔すんなよ、やっぱ純ちゃんが待ってんだろ?」
「ちげえよ、その手の店に行くんだよ」
役者の意地にかけて、これ以上のぼろは絶対出せない。実際俺がそういう店に通ってた時期もあったのは、大ちゃんだって知ってる。納得できる答えのはずだ。
「嘘つかんでもよかぞ」
確信は揺るがないらしく、カクテルを飲みながら、余裕の笑み。今さら演技したって遅いってか。悔しいわ。でも負けは自分でそう認めない限り、負けじゃない。
「だけん違うって言うとろうが」
九州弁に九州弁で返す。けだるげにグラスを置き、ちらりと俺に視線を投げてくる大ちゃん。そのはかなげな表情に、思わずドキッとした。
「……認めんなら、まあよかよ。ただ、俺は訊きたかっただけで……」
コースターに手を伸ばし、意味もなくふちをなぞりながら、少し言いにくそうに言う。怒られて言い訳をする子供のように。
「なにをだよ?」
聞き返しても、大ちゃんはしばらく返事をしなかった。
「早くしないと、俺帰るぞ」
財布から千円札を二枚出して、テーブルに置く。それでもやっぱり、大ちゃんは口を開かない。
「なんなんだよ、いったい?」
声が分かりやすすぎるほど棘を含んでいる。俺にはそれを笑う余裕もない。もうつきあってらんねえ。一刻も早く純さんのとこに帰りたい。
「じゃあまた明日、大ちゃん」
「待ってくれ!」
切実な叫び。驚いて振り返りながら、集まる視線を俺は感じた。あ、やっぱりあの人……。そんな小さな、女の声。
ちらりと俺を見る、大ちゃんの弱々しい視線。すぐ沈んでいったその哀しい瞳を、初めて見る心の奥を、俺は受け損ねたボールを眺めるように、ただ見ていることしかできない。
「……あのさ、お前ら、つらくないのか」
うなだれて、大ちゃんは低く小さく、床に転がすようにつぶやいた。
その姿はまるで、嵐に打ちのめされた野獣。野生のままの美しさと、打ちのめされたからこその美しさで、目を離せない。
これが訊きたかったのか。あくまでしらを切るべきか。はぐらかすべきか。それとも、つらくなんかないと、見えすいた嘘を言ってやるべきなのか。
大ちゃんが抱えているものが少し見えてしまった俺は悩み、立ち尽くす。
「なあ、つらくないのか」
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