SCENE3

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 俺の顔を見て、大ちゃんは大げさなぐらい吹き出した。 「お前さ、そんな露骨にお預け食らった犬みたいな顔すんなよ、やっぱ純ちゃんが待ってんだろ?」 「ちげえよ、その手の店に行くんだよ」  役者の意地にかけて、これ以上のぼろは絶対出せない。実際俺がそういう店に通ってた時期もあったのは、大ちゃんだって知ってる。納得できる答えのはずだ。 「嘘つかんでもよかぞ」  確信は揺るがないらしく、カクテルを飲みながら、余裕の笑み。今さら演技したって遅いってか。悔しいわ。でも負けは自分でそう認めない限り、負けじゃない。 「だけん違うって言うとろうが」  九州弁に九州弁で返す。けだるげにグラスを置き、ちらりと俺に視線を投げてくる大ちゃん。そのはかなげな表情に、思わずドキッとした。 「……認めんなら、まあよかよ。ただ、俺は訊きたかっただけで……」  コースターに手を伸ばし、意味もなくふちをなぞりながら、少し言いにくそうに言う。怒られて言い訳をする子供のように。 「なにをだよ?」  聞き返しても、大ちゃんはしばらく返事をしなかった。 「早くしないと、俺帰るぞ」  財布から千円札を二枚出して、テーブルに置く。それでもやっぱり、大ちゃんは口を開かない。 「なんなんだよ、いったい?」  声が分かりやすすぎるほど棘を含んでいる。俺にはそれを笑う余裕もない。もうつきあってらんねえ。一刻も早く純さんのとこに帰りたい。 「じゃあまた明日、大ちゃん」 「待ってくれ!」  切実な叫び。驚いて振り返りながら、集まる視線を俺は感じた。あ、やっぱりあの人……。そんな小さな、女の声。  ちらりと俺を見る、大ちゃんの弱々しい視線。すぐ沈んでいったその哀しい瞳を、初めて見る心の奥を、俺は受け損ねたボールを眺めるように、ただ見ていることしかできない。 「……あのさ、お前ら、つらくないのか」  うなだれて、大ちゃんは低く小さく、床に転がすようにつぶやいた。  その姿はまるで、嵐に打ちのめされた野獣。野生のままの美しさと、打ちのめされたからこその美しさで、目を離せない。  これが訊きたかったのか。あくまでしらを切るべきか。はぐらかすべきか。それとも、つらくなんかないと、見えすいた嘘を言ってやるべきなのか。  大ちゃんが抱えているものが少し見えてしまった俺は悩み、立ち尽くす。 「なあ、つらくないのか」
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