世界の半分 (A.D 2308/06/30)

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 乾ききった赤土の粘土が山からの風に舞い、砂塵となって吹き荒れている。  周囲一帯どこまで見渡しても砂、砂、そして砂。風化した岩山、朽ちた古木、枯れ果てた泉の痕跡。およそ生命の気配など感じられない西日の差し込む死の世界に、一人、その男は岩場の小陰にじっと身を潜めていた。動物の毛皮を雑につなぎ合わせて作られた丈の長いコートのようなものを半分砂に埋めつつ身にまとい、風上に背中を向け、無駄に体力を消耗することの無いようぴくりとも動かない。その顔は砂避けの大型ゴーグルの下でうつ向き、表情を隠している。吹き荒れる砂嵐の中、風景と同化した男は、フードを目深に被り、ただじっと夜を待っていた。  かつて豊富に産出されていた石油とその利権で栄えた中東。その西部に位置する元々肥沃な河川敷であったこの土地の砂漠化は、何も今に始まったことではない。  20世紀終盤、化石燃料に頼りきった一大科学文明を完成させつつあった人類は既にそのエネルギーソースが持つ巨大なリスクに気が付いてはいたものの、抜本的な解決を目指すこと無くその本質から目を背け続けた。詰まり、それから約1世紀もの間、国々は表面上互いに手を取り合った、実のところは金銭目的の「地球環境保全アピール」に終始したのだ。挙げ句いざ異常気象による自然災害が世界中で猛威を奮い、国家が国家たる基本的機能すら危ぶまれる事態に陥ると、今度は手を取り合っていた国同士がその影響力の維持を目的に紛争を繰り広げた。人々は新天地を求めた。この星のどこかにあるはずの、衣食住に不便の無い、安定した気候を持った、あるはずも無い理想郷を。結果、己の罪業を放棄した罰を受け、人類は互いに殺し合った末の自滅という形をもって地獄へと堕ちたのだ。  散々虐げられた地球からの罰はこれだけに留まらない。文明発展の根底を支えていた温暖で安定した環境、即ち間氷期は遂に終わりを告げ、先進各国は突如訪れた氷期に屈し、雪の下に埋もれた。寒波から逃れた人々はこの赤道帯へと赴き理想郷を求めたが、そこには広大な範囲に渡り命1つ見当たらない「死の砂漠」が広がるのみである。 氷期の訪れと共に赤道付近が極度の干ばつに見舞われることは自然の摂理であったが、知識共有の為の情報通信インフラを殆ど失った百億もの人々は為すすべも無く闇雲な南下や北上の末にこの地域へと殺到。度重なる衝突の末に数を減らし、やがて砂塵と熱波の中に姿を消した。
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