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「 ── まりあには、ちゃんと説明する。お前を好きでいることが止められないってこと、分かってもらう。だから心配しないでくれ、海。もう後ろは見ないって心に誓ったんだ」
狭いながらも賑やかな居酒屋の片隅で、尋は今だ暗い表情の海の手をテーブルの下でギュッと握りしめた。海が握り返してくる。
「 ── 尋、ひとつ・・・訊きたいことがあるんだ」
「何?」
尋は、自分の手を握る海の手に一層力が入るのを感じた。
海は一呼吸おいて、言った。
「俺の背中に、黒子はあるか。三つ並んだ黒子」
尋は、唐突な海の質問に、2、3回瞬きをした。
「 ── ある。腰の近くに。それがどうかした?」
一瞬海の瞳が涙の膜で潤んだように見えた。
尋がそれ以上問い正そうとした時、海がテーブル越しあからさまに尋の身体を抱き寄せた。
尋の耳元で海が早い口調で言う。
「早く家に帰ろう、尋。早く俺を抱いてほしいんだ」
それは何かに追い立てられるような声だった。
翌朝は、雨だった。
しとしとと水滴が軒先から垂れ落ちる音を繰り返し繰り返し聞きながら、尋は腕の中で眠る海の腕をそっと撫でていた。
海は、尋の胸元で規則正しい寝息をたてているが、尋は夕べから一睡もしていなかった。
海の様子が少しおかしいことに、尋は気づいていた。
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