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「今日だけ……試してみる? 」
じっと見てくる瞳に、不穏にも聞こえるそれに、喉がこくりと鳴る。
「試すって……」
「そのまんまだよ。俺がどんな彼氏か試してみない? ってこと。今日一日、俺が彼氏で、菜乃が彼女」
「え……、何言って……」
「菜乃が言ったんだろ? 俺みたいな彼氏がほしいって。なに、やっぱ嘘だったの?」
「いや、嘘じゃない、けど……」
返した言葉は、しどろもどろなものになっていた。
その提案はわたしを掻き乱すには十分で、頭が付いていかなかった。視線すら定まらないわたしを置いてきぼりにして、「じゃあ、決まり」とお兄ちゃんは笑う。
「最後は線香花火だな」
「あ、うん」
「はい」
「……ありがとう」
渡された線香花火。
二人の間に淡い光が点る。
ぱちぱちと小さな音を鳴らし、赤く黄色い火花が暗闇に揺らめく。繊細な光が弾む。
「……菜乃花」
その呼び方がいつもと違っていて、纏う温度までもがいつもと違う気がして、肩がびくりと上がった。
火花を散らしていた小さな火種も、わたしと同じように驚いたみたいにびくりと揺れ、地面に落ちてしまった。
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