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ヒルリに拍車を当てつつ、リキは手綱を握る右手で涙をぬぐった。
泣いている暇などなかった。生きている以上、人は考え続けなければならない。これから先を生き抜くために。
リキは短くなったうなじの毛先に、右手を伸ばした。ちくちくと手を刺す感触が、リキに、退くなと叫んでいる。
為せる者が、為さねばならないのだ。もはや為すことの叶わぬ者たちは……。
「ヒルリ」
涙でくぐもった声で、リキは言った。波をかき分けるヒルリの耳が、ぴくりと動く。
「父上は、いってしまったよ、ヒルリ」
これが、最後の一雫だ。
そう、覚悟を決めてリキが落とした涙は、広大な海に溶け込み、すぐに見分けもつかなくなった。それからリキは、きっと眦を吊り上げ、行く先を見据えた。
水平線を覆う闇がほんの少しだけ、薄まった気がした。
夜明けが、迫ってきていた。
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