プロローグ

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プロローグ

秋。 この季節を過ごしていく中で、人は寂しさや人恋しさ、大切な人との別れ、決別。そんなノスタルジックな想いを胸に募らせながら日々を過ごしていったりする。 それは、この季節がそうさせるのか、それともこの季節の中で人々がそういった感情を呼び起こされるような行動や事象を起こしてしまうからなのか。どちらが先でどちらが後かなどと論じる事は、結果的にはどうでもいい事なのであるが、人は時折そういったどうでもいい事を理論づけたり、正当化したり、いちいち自分自身の行動や心に何かしらの理由づけを行いたい生き物なのであると私は考えている。 とある喫茶店のとある席で、それは起こっていた。 年端も行かない子供が無邪気にスパゲッティを頬張っている。 満面の笑みで口の周りがケチャップで汚れていくのも厭わずに。それを見つめる両親の姿。 しかし一見幸せそうに見えるそんな何気ない日常の一風景は、父親と思われる男の一言で簡単に崩れ去る。 「隼人。元気でな。もうこの先会うこともないだろう」 男の放ったその一言で、子供の表情が固まる。言葉の意味が理解出来ずに首を傾げ、男を見つめる子供。母親と思われる女はずっと太腿に置いた手元を見つめている。 「え? なんで? おとうさん、どこかへいっちゃうの?」 子供の放ったごくごく当たり前の問い掛けに、男は低い声でしかしはっきりと言い放った。 「おまえなど、これから私の子供でも何でもない。赤の他人だ。だから二度と私の前に現れるな。私はおまえなど、大嫌いだ」 子供はこういう時は素直で敏感だ。言っている言葉の意味を咀嚼するよりも早く、男の態度と雰囲気、そんなものから自分自身を拒絶しているのだと理解する。 そしてそれを自覚した途端、子供の表情は暗く、絶望的な色を見せ始める。唇が震えて目が潤み出す。 「……え、なんで? どうしてそんなことゆうの?ぼくいいこにするから……わがままもゆわないから……いかないでよ……」 「うるさいっ! 黙れ! もう何も喋るんじゃない!」 テーブルをバンッと打ち鳴らしながら勢いよく立ち上がる男。 子供の肩がびくんと跳ね上がり瞳からは今にも零れ落ちそうな程の涙が溜まっていた。 男はそのまま踵を返し喫茶店を出ていってしまう。 ゆっくりと動き出そうとする子供の身体を隣に座る女の身体が抱き留めて放さない。 子供は女のそれを振りほどこうとはせずに潤んだままの瞳で虚空を見つめていた。 グラスの氷がパキッとひび割れたような音を立てた。
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