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声のほうに視線を上げると、知っている顔だけれども。 一瞬、誰だっけ?と記憶を辿り、名前を絞り出した。 「あ…桐野先生」 4ヶ月前、桔平が肋骨骨折したときに診察してくれた医師が、桔平に向かってニコニコと手を振りながら歩み寄ってくる。 今日は休暇なのか、白衣ではない。私服だ。 だから、すぐには名前が出てこなかった。 「どうしたの?何か困り事?」 近づいてきた桐野は、黒塗りの車に乗っている白髪の男を見て、少し驚いた顔をした。 「翁川先生」 翁川と呼ばれた男も、桐野を見る。 少し目を細め、記憶を確かめるような顔をして。 「桐野先生のところの、次男坊か。確か優秀な外科医になっていたな」 「翁川先生に知られているなんて、光栄ですね」 それにしても、と桐野は微笑んだ。 「往来の真ん中で、嫌がる学生を車に乗せようとしていると、知らない人が見たら通報しちゃうかもしれないですよ」 昨今はすぐに動画を撮られちゃうので気をつけないと。 「ふん…私を脅す気か、若造が」 じろりと桐野を睨み、翁川は鼻を鳴らしたが。 「まあ、いい」 すぐにつまらなそうに目を閉じて、車のシートに深く身体を沈めた。 「出せ」 短く車を出すよう指示を出すと、すぐに車の窓がスルスルと閉まって、そのまま静かに走り出す。
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