半曇レンズの向こう

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 彼女の兄は、有名なカメラマンだった。  家にはちっとも寄りつかない風来坊だったらしい。時間さえあれば日本を飛び出し、様々な国や地域を訪れては、誰も見たことのないような美しい景色を写真に切り取っていた。  肉眼で何かを見つめるより、カメラのレンズを通して眺める時間の方が長い変わり者。  彼女の口からよく、兄の愚痴を聞いた。何を考えているのか分からないとか、仕事人間だとか。自分至上主義なんて吐き捨てたこともあった。 「兄さんは、人と見ている世界が違うのよ」  彼のことを口にする時の彼女はいつも、どこか遥か彼方を見るような目つきをしていた。  その日も、彼はいつも通りだったのだろう。名前も聞いたことのない異国の地に赴き、ひとり夕陽をカメラに収めていたそうだ。  その彼が、紛争に巻き込まれ消息を絶ったと知らされたのが三ヶ月前。  現地では大規模な戦闘が続いており、行方不明者の安否は絶望的と報道されたのが一ヶ月前。 『消息不明』のまま、彼の愛用していたカメラとスペアの眼鏡、そしてほぼ空になったリュックサックだけが帰国したのが二週間前。  その日から彼女は、兄のものだった眼鏡をかけ、兄のものだったカメラを持って出歩くようになった。
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