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中国製のまがいものの鉢植えを買ってきた彼女は、プラスティックのじょうろで水をやる。人気の整形外科医が女の子たちにほどこしたみごとな施術も、その後の重力には勝てなかった。という、悲哀に満ちたアイロニカルな歌詞。
それらの言葉が、静かに悲鳴をあげるメロディにのって、注射針のように、脳の奥に冷たく突き刺さってくる。エヴァの病的な声が、その針にほのかな毒をあたえていた。
エヴァの顔の下半分、鼻と口は黒いスカーフで覆われていて、くちびるの動きは見えない。噂では、エヴァは工場での事故で顔面がつぶれ、どろどろに爛〈ただ〉れているということだが、実際に確かめたことはない。
部屋の隅に浮かぶアナログ時計の映像が、午後十時を過ぎたことを六宇に知らせた。
六宇はカードで勘定をすませると、バー・クラウドを出た。
地下道の天井からは過剰に明るい照明が降り注ぐ。六宇は靴音を響かせながら、地下鉄の駅に向かう。労働者風の男たちが行き交う長い連絡通路。ここが通勤路だと気付かせてくれるのは、彼らの多くが後頭部につけている豆粒のような装置だ。六宇の後頭部にもついている直径二センチの黒光りするそれは、中央に十字の切れ目が入っていて、「ブラックスター」と呼ばれている。未来技術の象徴である超低空飛行人工衛星と同じ俗称というのが、なんとも皮肉な話だ。
通勤ラッシュの時間は過ぎているが、とめどない人の流れは六宇の足を休ませてくれなかった。
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