愚者の幸福論

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「どなたか――知りませんか――」  声を張り上げるでもなく淡々とした口調で楠は出席を確認していた。 その間も、教室は休日昼間の渋谷駅前なのかというくらいの喧騒が続いていた。 楠が何を訴えているのか直接は聞こえなかったが、私の隣の席が空席であることで大体察しがつく。 私の隣、前田が、学校に来なくなった。 始業式から僅か2週間でのことだった。 あぁ、最初の犠牲者か、と思った。 そういえば昨日、前田の制服の隙間から火傷痕が見えた。 誰のせいで、とか、そういう予想は出来るが、私にはあまり関係のないことだから、放っておく。  干渉するつもりはない。私はもともと「そういう人間」だ。 憐れんだりもしない。 何故なら、人間社会とはそういうものだからだ。 テストの成績、性格、人望、貧富、容姿。 あらゆるもので人は他者と自分を比較し、順位付けをする。 そして当然のように、下位の者は上位の者に逆らえず、見下され虐げられるものだ。 そんな当たり前のことを受け入れられずに、屈してビクビクして首を吊ったり、ひきこもったりするような奴らは、きっとどこに行ったってそうなのだ。 受け入れるしかない。 受け入れた上で、選択可能な幸福を自分で掴んでいくしかないじゃないか。 その結果が学校に来ないなら、そっとしておいてやればいい。 幸い、学歴なんてたいした意味を持たない時代だ。 ……どいつもこいつも。 みんなと同じが一番だなどと、一体いつまで勘違いしているつもりなのだろう。
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