第一部[プロトタイプ]

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 で、だ。一命を取り留めた『奇蹟の少女』である私に課せられた義務がひとつ。「シチズンウェブの向こうに笑顔で感謝を。『みなさんのお陰でこんなに元気です、ありがとう!』―――寄付が途切れれば治療費どころか装置の電気代すら維持できない。電源を落とされたくなければ常に同情を引くこと。口座からキャッシュを抜き出すこと」つまり娯楽の提供者たれと。DNA解析から私が搭乗者の誰なのかは特定されたし、両親は中層市民だとわかっている(まだ見つからないしたぶん死んだ)。オートクチュールに繋がれた時点で記憶調査(ボーリング)されたので、機内放送や映像から墜落直前の様子は多少判明したらしい。しかし墜落後、波間を漂った私の記憶はほぼ損壊していて、なぜひとりだけ生き残れたのかは解明できず終い。低体温、下半身骨折、肺の萎縮、仮死状態。複合してたまたま助かった、らしい。たしかに『奇蹟』っぽい。  入院して与えられた空間、オートクチュールの内世界(マイルーム)には私の記憶が投影されている。まあ私もデータなのだけど。ベッドで寝て、(現実でリハビリして)、内世界で起きて、日がな玄関先に広がる海を安楽椅子から眺める。本物の家の前にはコンビニがあるのだけど、つまらないので祖父の近くの浜辺を繋げた。私の思い出は曖昧でも、脳内からデータを引き出す内世界は完璧な再現だ。目を閉じると漂っていた感覚がシンクロする。治療者たちには不思議がられたが海に恐怖はなかった。  生身に戻るのは億劫だった。日に何度かは身体を動かさなくてはならないのだけど、痛みがシャットアウトできない(神経を繋げるリハビリなのだ)のが苦痛なのだ。こんな身体に居続ける必要あるんだろうか。医師は言う。『君は他のHUと違う。生身リアルに戻らなければならない』。でも生まれつきで入る子供は身体を廃棄することも多いと聞く。なぜあの不自由な身体を捨てることが私には許されないんだろうか。  損傷の激しい身体と無痛な内世界を行き来して日々が過ぎる。寝てる時間がほとんどでもさすがにそろそろ飽きてきた。私の内世界は治療チーム経由のクローズドなのだ。     
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