《2》

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「明日原くん、だったわね」 「えっ、あ、ああ」  自分の名前を呼ばれた、たったそれだけのことに、逢介はうまく反応できなかった。彼女は態度はどうしようもなく不遜なくせに、相手を敬称をつけて呼ぶ性質は持ち合わせているらしい。 「あなたがノートをその段ボール製の提出ボックスに提出したのはいつ?」 「えっと……昼休み、だったかな。五限が始まる直前に友達と出したけど」  動揺を押し隠しながら、努めて平静な態度で答える逢介。果恋は小さく首肯する。 「四限終わりの三十分休憩のことね。で、佐藤先生に明日原くんともう一人の女子……松本さんと一緒に、そのノートを集めて提出しに行ったのは放課後……ですよね、先生?」 「ああ、間違いないよ。私もその場にいたからね。机の上が散らかっていたから、すぐそばの地べたに置かせた」  佐藤が腕組みしながら頷いた。補足だが、佐藤はその課題のチェックを、逢介たちが職員室を去った直後にすぐさま取り掛かったらしい。その時点で逢介のノートは確認できなかったのだと言う。となれば、彼女が紛失した可能性はやはり限りなく低いだろう。  果恋が、顎にそっと右の親指を添えた。間髪入れず、逢介に問う。 「では、昼休み以降……五限が始まる十三時四十分から、六限、七限の授業を終えて、放課後の十六時半ごろまでの間に、ノートは盗まれた……ということね」 「ちょ、ちょっと待ってくれ」 「今度はなによ」  逢介は思索を始める果恋を慌てて引き留める。 「それ以前に、俺のノートを盗む理由なんて誰にも無いだろう。俺の作文をそんなに読みたかったのか? だとしても、盗みまではしないと思うが……」  逢介がそもそもの話として、渋々言う。しかし、果恋はそれにあっさりと返した。 「いいえ、それに関しては心当たりがあるわ」 「心当たり?」 「聞いたことない? 最近この学校で流行っている、恋のおまじないよ」 「……は?」
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