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「もうここで良いから下ろしてよ」 顔が近すぎて ずっと俯いたまま抱っこされていた 「お前軽いな」 京介はそう言うと私を下ろした 「ありがと」 本当はまだ指がジンジンするけれど これ以上は無理 「アパートにいつ戻る?」 俯いたままの私に頭の上から声が降る 「夏休みが終わったら」 京介の顔を見上げることなく答える いつもはくだらないお喋りが続くのに 黙ったまま下駄の音だけが聞こえ 気まずくて・・・つい 「夏休みに入る前に・・・ 巻き髪の後輩から呼び出されたんだけど もしかしてその子とつき合ってる?」 言わなくて良いことが口から出た 「えっ、呼び出されたって、なにそれ 俺、彼女いねーし、なんて言われたんだよ」 ヤバイと思った時には後の祭り・・・ 「『アナタって京介先輩のなんなんですか?』って!つき合ってないのなら離れろって」 「はぁ?何だよそれ。 なんで俺に言わねーんだよ」 京介は心底呆れた顔をした そりゃそうだ その時言わなかったくせに 今更言うなんて反則だ 「ごめん」 「で?茜は何て言ったんだよ。そいつに」 声が更に低くなって 怒っていることがわかる 「京介とは」 「俺とは?」 「何も関係ないからって」 声が消えそうだった 「お前」 そう言ったまま黙り込んだ京介は 「此処からは帰れるだろ」 家の見えるところまで送ってくれると踵を返し走り出した ・・・追いかけたい 好きって気持ちじゃなくても 関係ないって言葉は撤回したい その思いと裏腹に痛む足と 浴衣が行く手を阻み 結局のところ 何もできなかった その日を境に あれほど毎日届いていた京介からの くだらないメールが途絶えた ・・・・・・ ・・・ ・ 「茜、ゴロゴロしてるなら 小学校のグランドでも覗いてきたら? ソフトボールの練習やってるから」 母が“邪魔よ”ってシッシッと手を振る 「久々、行ってみるかぁ」 大きく背伸びして ジーンズとTシャツに着替える キャップを被って自転車に跨った 真っ正面から入る勇気もなく しばらくフェンスに貼りついて見ていると 「おーーぃ」 監督に気付かれた でも、これでグランドに入るキッカケが出来た グランドに降り立つ 練習していた子供たちが帽子を外し 一斉に私に向く キャプテンが 「こんにちはぁ」 声を張り上げると 「「「「こんにちはぁ~~」」」」 他の子達が声を合わせる 私も帽子を外し グランドに一礼 部室横のベンチまで歩くと 途中コーチ達にも挨拶し 監督のもとへ 「茜、元気だったか? お前、真っ白になってしまって 練習やってないのか?」 こんがりジューシーに焼けた肌しか知らない監督に肘のことを話した 「そっか。まっ京介から聞いて知ってたけどな」 そう言うとニヤリと口角を上げた 京介の名前を聞いて胸が騒ぐ 「京介。今日あっちに帰るって言ってたぞ」 「そうなんだ。私は別で帰ったから話してないんだ」 「いつも一緒だったのにな まぁ年頃だし仕方ないかぁ」 ニヤニヤした顔にムカついて 「な~に?にやけちゃって嫌な感じ」 気持ちを誤魔化すようにはぐらかしたのに 「京介はガキの頃から茜の事が好きだったろ? 今でも変わんないんじゃないかなぁ」 核心を突いてきた 監督の言葉に固まった みんな知ってて 私だけ気づかなかったの? 「この前、同級生にそのこと言われて 確かにいつも一緒だったけど それは同志としてだったし・・・ 京介が私のこと好きなんて・・・」 本当に知らなかった
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