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男が猛烈に踊っていた。 ボディラインにフィットしたミニ丈のドレスは女物だが、うなる腰使いの馬力は確かに男性のそれである。彼を酔わせるクラブサウンドも佳境に差し掛かり観客のテンションも鰻登りだ。今時新宿中のどこを訪ねようがこんなにもソウルフルな変態ショウはお目にかかれまい。店内のダンスフロアに生える磨き上げられたポールに太い脚が絡み鋼鉄の一物が擦り付けられる。かと思いきやエナメルのメタリックな輝きが翻り逆上がりの要領で反転した。ポールを握った両掌だけで全体重を支えてそのまま静止、勿体ぶって両脚が割り開かれていく。その女装家の繰り広げる性技の数々にフロアは地獄の釜のように沸き立った。 時折ステージ下まで及ぶ汗の飛沫さえ聖水よと拝む好事家たちは口々に褒めそやす。彼は新宿の不浄な夜に舞い降りた女神だと。今宵も変態を観る変態の群れの中で目的を同じくして熱く身を寄せ合う女もまた違わぬ感想を抱いていた。 女、もとい海野(うんの)はその人に焦がれている。海野は昼間オフィスに勤めるごく普通のOLである。この世に生を受けてから二十六年、少しの悪事に手を染めたこともなければ男性による愛撫の手のひとつも知らない。ましてや新宿二丁目中の淀みやあらゆる業、そしてドレスを着た男たちが吹き溜まったこの店、所謂オカマバーとは遥かに縁遠い人種である。筈だった。
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