第一章 荒廃

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入れ違いにライアンの元へ駆け寄り、無惨に引きちぎられた幼い体を抱き起こす。鮮やかな色の臓器が大量の血と共に溢れ出し、噎せ返るような熱い血の匂いを発していた。弱弱しい呼吸が、覗きこむマリンの髪を撫でた。彼は一言も喋らず、虚空を見つめていた。やがて、それまでピクリともしなかった四肢が小刻みに動き始める。その神経症状は感染の特徴であり、次に彼が起き上ることがあれば元気に動き回れる筈だ。知性を失い、欲望のままに暖かい生肉を求める人形として。  彼に人としての尊厳を持たせたまま死なせてやる事が出来るのは、この世界にただ一人しかいない。自分だ。  アンネもデイルも、過去に殺した人々も、皆すぐ殺してきたのに。最初こそ手は震えたが、二度目からは手早くそうしてきた。なのに、ライアンに向けた銃は震えていた。それも、震えていたのは銃だけでは無い。自分でも客観的にそうだと分かる程、動揺していた。傷口に手当を施してそっとしておけば、或いは奇跡的に感染を免れるのでは、などとと考えかけた。つい三日前、そう口にして命乞いした死者の事も忘れて。その事を思い出し、マリンは自分の愚かさに嘲笑を洩らす。それから銃口をライアンの眉間に向け、その頬を撫でながらそっと引き金を引いた。  今にして思えば・・・あの時に何故、一緒に逝かなかったのだろう。あの時自らの生にも幕を引いておけば、もしかしたら一番楽で、幸せな死に方だったかもしれない。最早人が人らしく・・・厳かに死ぬことができない世界になってしまったというのに、何かを期待してまだ生き残っている。 ―私は、何を待っているのだろう―  ウィスキーを少し多めに傾けて含み、それを飲み込む。強力なアルコールが舌を焼き、喉を焦がす。少し火照った頬を窓から背け、再びソファに戻る。
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