恋人を待つ女

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恋人を待つ女

新宿駅、17時に待ち合わせ。中村美香は、今日も夜のデートを楽しみに、彼氏を待っていた。 美香は、24歳。現在は、都内の食品メーカーでOLをしている。彼氏は、大手証券会社に勤める長谷川拓也だ。拓也は、長身で爽やかで優しく、自慢の彼氏だ。友人に誘われた合コンで知り合い、付き合ってから今日で2年目だった。 大体は、美香が先に来ている。今日もそうだった。クリスマスが近いので、イルミネーション見に行きたいな、何食べようかな、そろそろプロポーズされたりして、なんて気楽に思っていた。 いつもと違ったのは、知らない人に声をかけられたところだった。 「中村美香さんですね?」 目の前にいる、声をかけてきた人は、スーツ姿で真面目そうな50代くらいの男性だった。 「はい、そうですが・・・」 美香は驚いて、男性を見た。怪しい勧誘かと思い、か細い声になった。 「あなたが待っている、長谷川さんは来ません」 「え?どういうことですか?」 美香は、その男性が言っていることを理解できなかった。怪訝な顔をしている美香に、その男性は一言放った。 「あなたは、もう死んでいます」 「は・・・?」 美香は、何を言われたか解せず、呆然と立ち尽くした。ただ、新宿に着いたときから、自分の右手に血が付いているのが気になっていた。 美香は、振り返ってショーウィンドウに映る自分の姿を見た。右手だけでは無い。右側半分が血だらけだった。顔からも血が流れている。血が付いている右手には包丁が握られていた。 「ギャーー!!!!!!」 美香を見た、目の前のご婦人が叫んでいる。周りの人達も皆叫んでいる。救急車を呼ぶ声、警察を呼ぶ声、たくさんの声がした。そうだ、ここは新宿駅だったと、意識が遠くなる中で美香は思い出した。 最後に、ここに来たかったのだ。拓也を待つキラキラした自分の元に。拓也を刺したことは忘れて。拓也が他の女性を好きになったことも忘れて。 スーツ姿の男性は、追いかけてきた警察の人に似ていた。あの刑事さん、神様になったのかな、とおかしなことを美香はつぶやき笑った。涙は止まらなかった。ただ、自分のような思いを、他の女性にはしてほしくなかった。 「みんな、幸せに」 夜空を見上げ、美香は最後に言った。24年の短い生涯であった。
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