第十六話「ローマにて」

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第十六話「ローマにて」

    1  時間はまだ日が暮れるまで遠く、太陽は西の空にあった。  雑多な人の群れの中、花衣と一砥は無言でいた。  自分の右手を掴んで歩く一砥の背に隠れるように、花衣はひたすらに自分の足元だけを見て進んだ。  まもなく彼のマンションが見えて来て、花衣はますます顔をうつむかせた。  コンシェルジュが常駐するフロントを無視し、一砥はエントランスからエレベーターまで真っ直ぐに突っ切った。  エレベーターの扉が閉じて密室に二人きりになっても、どちらも口を開かなかった。  マンションの自室に戻るや否や、一砥は花衣の腰を抱きかかえて、寝室に直行した。  完全に二人だけの空間に到着して、花衣はようやく詰めていた息を吐いた。 「一砥さん……」  乞うように誘うように手を伸ばし、彼女は愛しい男の胸に手を置いた。  一砥はその手を握り、そのまま彼女に深く口づけた。  ベッドに押し倒し、もどかしい思いでワンピースのファスナーに手を掛ける。  あっと言う間に身ぐるみ剥がされ、花衣は彼が自分の服を脱ぐ姿を黙って見つめていた。  何かに急かされるように一糸纏わぬ姿になって、二人は固く抱き合った。     
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