予言の書

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 街には馬車が走り、若い男女は夜会に興じる……そんな時代。とある学者が、路地裏の小さな古書店で一冊の書物を見つけた。  見た目は古めかしく、分厚いだけの書物。だが、美しく丁寧に施された革の装丁は、ひときわ目を引き、装丁その物が芸術品と言っても過言ではなかった。中に使用されている紙も古い割に手触りが良く、決して安い代物ではないと分かる。  男は一目で、この書物の虜になった。だが、そこに書かれているものは、外観の美しさからは理解しがたいものだった。  紙面にはびっしりと文字が綴られていた。……正確には、文字のようなものが。  綴られていたのは、よく見かける文字もあれば、象形文字のような図に近い形状のものも混じっていた。現代使用されている文字のようであり、過去の文明に使用されていた文字のようでもある不可解な形状、形式を持った文字だった。  一見、適当に並べただけに見えるものを、男が文字だと認識した理由は、綴られている文字の使用頻度の違いに一定の法則が見てとれたからだ。母音と子音を認識し、使い分け、文章としての体裁が取れているようだった。  この書物が気になった学者は、書物を書いとるために店主に声をかけた。だが、店主は書物を見るなり、首を傾げた。何でも、これを古書として買い取った記憶がなく、価格の設定もしていないと言うのだ。学者の男自身、装丁の美しさや中身の奇妙さにだけ気を取られ気づかなかったが、よくよく見てみれば、著者や発行者などの奥付の記載もない。  おそらく、一般に市販された物ではなく、個人が趣味で制作した物が紛れ込んだのだろうと、店主は申し訳なさそうに頭を下げた。確かに、文字は手書きのようで、価値はなさそうに見える。しかし、学者は自身の知識と直感を信じ、書物を買い取った。
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