行きて帰らぬ、あのリフト

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煙がふわふわ立ち上るように、リフトは上へ上へ向かっていく。 足元で霧が動くのか、下にあるものが垣間見えた。 花。白い、彼岸花だ。 見知った花だけれど、白いのばかりこんなに生えているのは初めて見た。 綺麗なものだ。 花を観賞する趣味はなかったし、どこがどう良いのか自分でも分からないが、今は手折って間近に見たい気がした。 けれど霧に見え隠れする花を折るならば、初霜の下の白菊のように心当てにするしかない。 それにここからでは、手を伸ばして届くようにも思えない。 ……少し惜しいと思ったけれど、それすら満足感の一部に変わった。 花を愛でる心なんて、今ここに座っているから生まれたようなものだ。ここに満ち満ちている安穏がなければ、私は花に気づきもしないに違いない。 膝の上の傘をまたひと撫でする。 歩き疲れたとき、杖のようにして寄り掛かったせいか、傘の先が削れているのに今さら気がついた。 もう充分に歩いた。 このリフトの乗り場に着くまで歩いた道は、上がった階段は、どれほど長かったことだろう。 歩みを進めても進めても、乗り場までの距離は分からなかった。 自分で目指しているようでいて、ただ辿り着くことを許される時を待っているだけのような、無力さばかりが募る道のりだった。 だからやっと乗り込んだこのリフトを降りることなど、いかなる魅力を仮定しても考えたくない。 私は白い彼岸花の群れを眺めるのをやめ、何を見るともなしにリフトの向かうほうを見上げた。
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