警笛鳴らせ

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警笛鳴らせ

 大学時代、同じ研究室に沢崎君という穏やかな男性がいた。  彼は酒が飲めないため、飲み会があるときはよく車を出してもらった。  男女ではありながらお互いに恋愛感情のない、ゆるい関係だった。  少し遠い店で飲み会をしたときの話だ。  そのときも私は酒を飲み、助手席に乗せてもらっていた。  沢崎君は道をよく知っている。 その夜も、私の知らない近道を通って帰宅している最中だった。 陰気な雨が降っていた。 「なんか面白い話ない?」  酔っ払いの無茶ぶりに、気分を害した様子もなく答えてくれる。 「どんなの? 怖いやつとか?」 「そうそう、それでもいい」  田んぼに囲まれた一本道だ。 ほかに車通りはない。  遠くに立ち並ぶ古びた民家が、ハイビームの光で薄ぼんやりと浮かび上がった。 「そういえば、ちょうどこの道をもう少し行ったところに標識があるんだけどさ。『警笛鳴らせ』の」 「へー。あれってなんで鳴らさなきゃいけないんだっけ」 「見通しが悪いところで、事故を防ぐためにあるんだと思うよ。山道とか、濃い霧が出やすい場所とか」 「ここ霧出るの?」 「ときどき通るけど、出てたことはないな」  助手席で目を凝らした。 山道のように坂があるわけでもなければ、急カーブや高いブロック塀があるわけでもない。 日さえ昇れば、田んぼの向こうの民家一軒一軒まで見渡せるだろう。 「……ああそっか、怖い話だもんね。つまり幽霊が出るわけだ」 「そういう感じともいえるのかなあ」  曖昧に答えて、沢崎君は声を落とす。 「以前にそこで事故があってさ。大雨の日に、お婆さんがトラックに轢かれたんだって」  暗い夜道から目を逸らさず、彼は淡々と話し始める。
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