1、守護神

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『聞いとるか?アイツはやめとけ』 『オレのダチじゃない、幸の相手だよ』  オレは爺ちゃんの淡雪時雨に手を伸ばした。すかさず爺ちゃんの手が、パシッとハエ叩きの早さで攻撃する。 『爺ちゃん、食わないんだろう?オレが食っていいだろう?』  オレは爺ちゃんの目を見た。青い瞳の奥が底知れない湖みたいだ。奥に何が詰まってるんだろう。きっとこれまで食った数々の銘菓が並んでる、なんていうんだろうな。 『だめじゃ。目で食うんじゃない』  やっぱりこう来たな。目でなんか食えるわけない。お化けじゃあるまいし・・・。でも、爺ちゃんは似たようなもんか・・・。この、ブルーの瞳のエトランゼは和菓子が好きなんだから、妙なもんだ・・・。オレは思わず頬の筋肉をゆるめた。同時に口の中に、生唾があふれてきた。今日も元気だ。うまそうな物を見るとついついよだれがたれる。 『何をニタニタにしとるんじゃい?  あっ、バカにしおったな!  お前に時雨をやろうと思ったが、ヤラン!  絶対にヤラン!』  爺ちゃんががんこにいいはってる。 『がんこはお前じゃろうて。自分のを食ったのに・・・。  しかたないのう。パブロフと犬じゃな。ホレ、食え』  爺ちゃんが皿ごと淡雪時雨をオレの前へ移動させた。手も触れずに。念力だっ! 『バカいうじゃない。当然のことだ。  無知な者ほど騒ぎおる。世も末よなあ』 『そんなこというと、もう、和菓子、買わないよ!』  オレは無知じゃあないぞ!パブロフの犬の実験は知ってるよ! 『そういうな、愛する孫よ!  子孫なれば、祖先をだいじにせんといかん。  そうでないと、この家が消える』 『話がそれてる。でも、幸のことは爺ちゃんのいうとおりだね』  オレは爺ちゃんの二個の淡雪時雨を、左右それぞれ三本の指でしっかりつかんだ。もう、爺ちゃんにはわたさないぞ。 『そうじゃろうて・・・』  爺ちゃん、オレの考えを読んでるな。それなら、 『食いたいだろう?ほれ、ほれ』  オレは時雨をベロベロ犬のように舐めてみせた。 『アホ!心を見ずして、人の価値など知れぬ。そういう意味ぞ』  そういって爺ちゃんは縁側の向こうの庭を見ている。  早春の日曜の昼下がりだ。淡い陽射しの下で梅が咲き、桜のつぼみが膨らみを増している。 『もうすぐ花見ができるなあ』 『もしかして婆ちゃんと花見したの?』  オレは時雨を食いながら訊いた。 『何度もな。ちらし寿司を持って、酒も持って・・・』  爺ちゃんは懐かしそうに、中庭と猿田比古神社の境内にある、つぼみが膨らみを増した桜の木を見ている。 『婆ちゃんも、飲むんか?』 『うん、見た目のとおり、姐御だからな』  あの婆ちゃんなら、爺ちゃん以上に飲むだろなあ・・・。  最近、爺ちゃん、なんか寂しそうだ。婆ちゃん、遊んでばっかいる。その分、爺ちゃんがひとりでいるときが多くなった。あの、婆ちゃん!なんて女だ!なんて妖怪だ! 『まあ、そういわなんで、昼飯にしてくれ』  爺ちゃん、また方言使ってる。でも通じてる。 『寂しくても、爺ちゃん、腹は減る。腹が減れば、爺ちゃん、なお寂し・・・』  全部 婆ちゃんのせいだぞ。妖怪婆ちゃんの・・・。 『ちらし寿司、つくるよ』  オレはキッチンへ移動した。
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