浮浪者との出会い

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 寂しい窓だった。磨りガラスの白い靄が一人の老女を女に戻して。 齢八十を過ぎすっかり腰の曲がったその老女は静かに待っていた。 いつか自分の密やかな望みが叶うことを。  昭和の終わりごろ、鹿児島県国分湊という古い家屋と新しいハイムが入り混じった閑静な住宅地に、中村という老女が一人で暮らしていた。夫に先立たれて以来、毎日を静かに過ごしていた。  何人かの人との交流はあった。 老女の自宅の裏向かいに住む同年代で独り暮らしの横島という女性。中村の自宅に入りびたり、近所の他愛のない噂話や悪口をまき散らした。そして中村から度々食事をご馳走になってはお返し、とばかりに後片付けをする。そして茶碗をしまう折に、冷蔵庫に入っている漬物やつくだ煮などを密かに盗む手癖があった。 他方こちらは男性。肺の悪かった夫が若いころから夫婦ともども診てもらっていた老医師田中。  彼は杖をつき痛む膝を庇い自分が歩くのもやっとな体であったが、最愛の夫に先立たれた中村フジを励まし元気づけ続けた。「命は投げ捨てるものではない、貴女も戦中から既にそれをご存じの筈だ」と。  田中先生の存在は老女にとって週に二度の心の支えであった。田中の往診
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