浅葱色の羽織を着る者

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「ただいま……」 藤田さんの車で家まで送ってもらった私は、ヒールを脱ぎ捨て、覚束ない足取りでベッドへと向かった。 藤田さんの高級感あるマンションとは違って、安いアパート暮らし。 藤田さんの家、綺麗だったなぁ イケメンに金持ち、異性からはモテて、仕事ができて、羨ましい。 そんな彼の傍で働く私は、まるで家畜以下みたい。 そう思いながら、ベッドにダイブをする。 思いの外、飛び込みすぎたのか、隣の棚に手をぶつけてしまい、写真立てが派手な音をたてて床に落ちてしまった。 『はあ……』と束ねていた髪を解きながら、棚に落ちた写真立てを拾いあげる。 「・・・」 写真には、今は居ない優しいお義母さんと厳しいお義父さんの間に立つ学生服を着た私が笑顔を浮かべてピースをしていた。 私は、本当の親の顔を知らない。 気づけば孤児院に居て、皆が十二歳だと言うからそうしてきた。 皆が藤原佐理ちゃんって呼ぶからそう通してきた。 記憶なんて曖昧で、孤児院の先生は、よく私にこう言った。 『貴方は、捨てられた子なのよ』と……。 当時、理解をしていなかったけれど、今になって酷い先生だなって思う。 そんなある日私は、この写真の中のお義母さんとお義父さんに養子として引き取られた。 二人共私のことを本当の娘のように育ててくれたのに……今から三年前交通事故で亡くなった。 私が就職活動を始めた頃だった。 過去のことを思い出して溜まった目尻の涙を拭うと身体を起こして、ベッドに腰掛ける。 写真立てを棚に戻し、じっと眺めた。 孤児院に来る前、幼い頃の私は何をしていたんだろう。 微かに覚えているのは、どこか日本風の屋敷と薄桃色の桜の花びらが散っていた光景。 そして、柳と緑色のカエルだ。 いや、その記憶も曖昧で、時折見る夢の中の光景だ。 今の時代にはそぐわない光景だった。  
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