パパとバレンタイン

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 ──バレンタイン当日。  ついにこの時が来た。  私はドリアードさんから与えられた任務を遂行するため、調理室へと向かう。  しかし道中、やけに黄色い声が聞こえて玉座の間をこっそり覗いた。 「きゃああああ!! アムドゥキアス様ぁっ!」 「アスモデウス様!! 結婚して~!!」 「魔王様! 魔王様! 抱いて!」  ありゃりゃ。  アム、アス、パパが魔族の女の人達に囲まれていた。どうやらバレンタインの噂を聞きつけたテネブリス中の女の人達らしい。  周りのゴブリンさんやドワーフさんはそんな三人を見て泣いていた。多分、お菓子をもらえてないんだろう。  いっぱい作って正解だった。後で皆に配らないと。  アムは「仕事が出来ん!」と憤慨しているけど、それに対してアスは「ありがとね」とにっこり微笑んでウインク&投げキッス。うーん、流石アスモデウス。女の子もメロメロだよ。  パパは相変わらず動じずって感じ。  でもパパがモテるのは意外だったな。  ……パパのカッコよさを知っているのは私だけだと思ったんだけど。  少しだけ妬いちゃったのは置いておいて。あの三人は最後にあげようっと。  私は再び任務の為に歩み始めた。 「アドっさん! おっはー!」 「ありゃ、姫さん。どうしてまたこんな辛気臭いところに」 「あれ? 他のドワーフさん達は?」 「皆姫さんの言うばれんたいんってやつで、そわそわしながら出ていったよ。会心の菓子を持ってな!」 「……アドっさんは?」  何気なく探りを入れてみると、アドっさんは眉を下げ頭をがしがし掻いた。 「はっはっはっ。こんな俺を誰も相手にしちゃくれんよ!」 「そ、そんなことないって! アドっさんは素敵だよ! 私が知ってる中で一番カッコイイドワーフだよ!?」 「そりゃ光栄」  いつものようにカラカラ笑うアドっさんに私は頬を膨らませる。  お世辞だと思ってるな絶対。  でもここでアドっさんがいかに素敵か語るべきなのは私ではない。  私はアドっさんの腕を掴んだ。 「アドっさん! 来て!」 「!? お、おい!」  そのまま図書館の横にある扉を潜って、禁断の森へ飛び出す。  「なんだってんだ」とアドっさんは戸惑っていた。  そして私は事前に用意していたカチカチきのこの椅子にアドっさんを座らせる。 「おい!? 姫さん!?」 「いいから!! ここに座ってて!! 立ち上がったらデビルトマトの刑だから!!」  私はそう言うなり、茂みに隠れる。  そこには先に隠れていたニクシーさんが。 「う、上手くいくかな……」 「ここから先はドリアード次第じゃな」  昂る心臓を押さえつけながら、私とニクシーさんはアドっさんを見守る。  するとホールケーキを持つドリアードさんが現れた。 「……綺麗」  ドリアードさんはお化粧をして、いつもの緑色のドレスではなく、セクシーな紫色のドレスを身に纏っていた。ちなみにお化粧もドレスもリリスさんに協力してもらったものだ。  そしていつもはドリアードさんの頭に色んな種類のお花の王冠があるのだが、今日は大きなシーズンフラワーが一輪、飾ってあるだけ……。  シーズンフラワーの花言葉は「あなたと共にいる時間は私の宝物」、「ずっと一緒にいたい」。  ドリアードさんらしい健気な言葉だと思う。  ドレスがキラキラ輝いているのはニクシーさんの光魔法によるものだ。    ──最高に綺麗だよ、ドリアードさん。  私はにっこり微笑む。  ドリアードさんは恐る恐るアドっさんに近づき、切り株テーブルにケーキを置いた。  アドっさんはそんなドリアードさんをぼぅっと見つめている。 「アドラメルク」 「え!? あ、はぁ!? あ、わ、悪い。な、なんか今日、お前さんいつもより……」 「……いつもより?」 「……あー、えーっと、なんというか。……きれぇだな」 「っ!」  私とニクシーさんは思わずハイタッチをする。 「そ、そうか。きょ、今日はバレンタインだからな」 「あの姫さんがまーた何か言い出したらしいな。ま、城が活気づくのはいいことだ。お前さんもその一人ってわけか」 「うむ。それで、その……エレナと、ニクシーと、三人で人参ケーキを作ったのじゃ」 「へぇ、よく出来てんじゃねぇか」 「そ、そうか。それなら、よかった……」  ああもう、もどかしい!  後ろでレイが欠伸をしているのが分かった。 「何をぐずぐずしているのだドリアード! さっさと告白せぃ!」 「ちょっとニクシーさん! しっ!」 「あー、なるほど」  突然アドっさんが揶揄うように笑い出す。   「ドリアード。お前さん、想い人でもいんのか?」 「っ!!?」 「その()()として俺が呼ばれたんだろ? 俺は料理長だし、お前さんとは結構仲いいしな。お前さんの好きな奴はどんな妖精なんだ?」  アドっさん何言ってんの!!?  みるみる顔を真っ赤にしていくドリアードさん。周りの樹木さん達がぶるぶる震えはじめる。  まずい! ドリアードさん怒ってる!!?  「に、ニクシーさん、どうしよう!」 「いや、待て……」  ニクシーさんが焦る私の肩を掴んだ。  するとドリアードさんが勢いよく切り株テーブルを叩く。アドっさんが驚いて震えた。 「鈍感もほどほどにせいアドラメルク! 試食ならばわざわざ当日に呼び出すはずがなかろう!」 「え、」 「このドレスも、ケーキも、化粧も、今我の前にいる小汚いドワーフの為にやった事じゃ!!」 「──っ、」  ドリアードさんは唇を噛みしめ、今にも泣きそうだ。 「そ、それとも……妖精が、ドワーフに恋をしてはいけないか……?」  アドっさんは唖然としている。  しかしすぐに我に返って、すぐに立ち上がった。 「ち、違う! 俺は、お前さんみたいな綺麗な女が俺なんかを見るはずがねぇって思って!」 「な、何を言う! 其方は世界一カッコいいぞ! 大体其方は十分魅力的だというのに卑屈なのだ! このケーキでも食べて反省せい!!」 「お、おい!? そんな一気に押し込むな、むぐぅっっ!!!」 「…………」 「…………」  こ、これは……。   「し、心配する必要なかったのかも」 「うむ。いつしか夫婦喧嘩のようになっておる。惚気を見せつけられて損したな。さっさとこの場を離れるぞ、エレナ」 「うん」  ニクシーさん、レイとその場を去った。  ドリアードさん、可愛かったな。  私は生前も今も恋なんてした事ないけど……あんな風にいつか、素敵な恋が出来るのかな……。  そこで私はノームに最近会っていない事に気づいた。  まぁ、ノームは王子様だもんね。  毎日来るなって言ったのは私だし、忙しいんだろうなぁ……。 「──エレナ」 「え?」  ぼうっとしていた私の目の前に大きな葉っぱで綺麗に包まれた物がぱっと出てきた。  どうやらニクシーさんが取り出したものらしい。 「これ、エレナにやるぞ」  ニクシーさんはもじもじしながら、私にそれを渡す。   「ニクシーさん、これは?」 「バレンタインのお菓子じゃ。実は人参ケーキとは別にセントウカップケーキを作っておいたのだ。ジャック・フロストに城からレシピを拝借してきてもらってな」 「えぇ、凄い! あ、ありがとう……ニクシーさん」 「ふふふ。妾はエレナが大好きだからな! バレンタインは友人にも気持ちを伝えていい日なのだろう? 妾の愛情をいっぱい込めたぞ!」 「ニクシーさん……可愛すぎ!!!」  私はニクシーさんを力いっぱい抱きしめた。ニクシーさんは「あふぅ」と変な声を上げて、気絶してしまう。  え!? 抱きしめる力強すぎたかな!? 「きゅう……」 「ごめんごめんごめんニクシーさん!! 死なないでー!!! 私そんなに力強かっただなんて!!」 『いや、エレナ。それ多分嬉しすぎて気絶してるだけだと思うぜ』  竜語でレイがポツリと何かを呟いていたが、ニクシーさんを起こすのに必死な私には聞こえなかった。
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