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今朝、散ざん別れを惜しみ、盛り上がったつもりだった秋川は、国際線ターミナルのロビーのソファーで瀬田と隣り合い、缶ビールを飲んでいるのは何とも不思議な感じがした。
今はアルミ缶の飲み口に当てられている瀬田の口元を、出来るだけ見ないように秋川は努める。
たった一時間前のことだったから、思い出さないでいる方が無理だった。
さっきは秋川の熱い体液で潤した喉を、今度はビールで冷やしてから、瀬田がつぶやいた。
「岸さんにも困ったものですね。石本さんの情報源って、彼女ですよ」
「そのおかげでおれは、おまえの事情が知れた」
デザイン部の岸と言えば、直属の上司である石サバの同期の友人だとしか秋川は知らない。
しかし、自らが所属する部署を『掃き溜め』呼ばわりする辛辣さは、石サバと類友だと密かににらんだ。
「すみません。・・・慎一さんには心配掛けたくなかったんです」
「分かってる。おれも、杉生と会ったことをおまえに黙っていたし」
何でも包み隠さずに話せばいいものではないと秋川も思うので、瀬田を責める気は更さらなかった。
「でも、結局は噂になってしまって・・・」
旅立ちを控えているというのに、すっかりとしょげてしまったワンコを秋川は秋川なりに励ます。
「まぁ、今は色いろと噂になっているけど、おまえがニューヨークへ行けば下火になると思うから、そう気にするな」
対象者がいなければ、そんなモノだろう。
わざわざ経理部まで出向いて、噂の片割れである秋川の顔を拝む物好きがデザイン部に居るとは思わない。
・・・思いたくはない秋川だった。
「あ、知ってます!人の噂も四十九日ですよね?」
瀬田の返事は打てば響く様な軽快さだったが、内容がアレだった。
「それを言うなら、七十五日だ!四十九日は死者の霊が仏に成るまでの期間!」
ちなみにこの四十九日の間は、七柱の裁判官らにそれぞれ七日間毎に裁判を受けると言われている。
閻魔大王もその一柱だった。七柱×七日間で合計四十九日。
「慎一さんってやっぱり物知りですねぇ~」
「・・・常識だろ」
ほとんど感動するかの如く素直に感心する瀬田を眺めながら、秋川はもしかしたら、瀬田の出国は、日本の外交問題ならぬ外聞に係わる事案ではないのだろうか?と危ぶんだ。
頼むから、日本の恥だけは輸出してくれるなと、秋川は切に願わずにいられなかった。
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