事情

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事情

 数年前の春、僕は顔を無くした。  オカルト的な話ではない。よくある話でもないが、珍しい話でもないだろう。  数年前、事故で顔面を損傷したのだ。  通勤中に大事故に遭い、顔を潰した。幸い五感は無事だったが、幸福だとは思えなかった。  悪夢だった。事故後初めて見た鏡には、顔とは呼べない物が映されていた。  その日から、僕の人生は一変した。  正直、元から自分の顔立ちが好きではなかった。コンプレックスでもあり、いつも端正な顔立ちの人間を妬んでいた。  その罰だったのかもしれない。失ってから気付くとはよく言うもので、僕は生き方を何度も後悔した。  いや、今でも後悔している。  人は、第一印象から色々な物を読み取る生き物だ。  善し悪しを問わず、不確かな情報を勝手に定める。  その際、顔から入る人は多いはずだ。イケメンと凡人が同じ服を着ても違うように、顔は人の印象を作りやすい。  そんな顔が潰れては、前と同じように生きて行けるはずがなかった。  僕は、自然と家に引き篭もるようになった。    幸い、僕には金銭の支援をしてくれる家族がいる。正直、心苦しかったが頼らずにはいられなかった。  だが、そんな家族でさえ、僕を見る度に表情を曇らせた。だから今は、安いアパートを借りて一人暮らししている。  一人は気楽だ。誰とも会わなければ、人目を気にすることも傷つく事もない。  今の時代、買い物はネットで出来てしまうし、ゴミ出しはマスクと帽子とサングラスで完全防備、且つ人のいない時間を狙えばいい。  とは言え、そんな生活に伴うリスクも存在する。孤独感だ。  ただ、その孤独感でさえ紛らわせる便利な物が今の世には存在する。  それがSNSだ。顔の見えない相手と、自由に話が出来る場所――。  顔を除けば健康な僕は、直ぐにSNSの世界にのめりこんで行った。
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