フォトジェニック・ラブ

20/27
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
 奏は驚いている私を見て、くちびるに人差し指をあてた。そして何事もなかったように、本編が始まったスクリーンを見つめている。あと二時間、私は沈黙していなければならない。奏にかける声も、仕草も許されない。そして私の腕時計はまだ外れない。私は時計を外すことを諦め、背もたれに身体を預けた。隣に座る奏を意識しすぎてか、映画の内容は入ってこない。また映画を観ているときに感じる高揚感はどこにもない。ただ奏が隣にいるというだけで。降参だ。私は大人の分別も思慮も投げ捨てて、肘掛けに置かれた奏の手を取った。最初、驚いたように震わせた奏の手も、私がしっかりと握ると、応えるように奏は強く握り返してきた。その手は私より少し小さくて、冷たいものだった。そしてだんだんと私の体温に馴染んでいく、奏の手を愛おしく感じる。そして私は目を閉じた。  映画が始まる前のあの暗転した世界を思い出す。暗闇は映画のなにもかもの始まり。スクリーンに光が映る、その瞬間はまさしく恋の始まりと同じなのだ。  会場が明るくなると、私はためらいながら奏の手を離した。観客はおのおの帰り支度を始め、席を立つ。 「私、本当に」  ごめんなさい、と私は言葉を繋げたかったが、奏の人差し指が私の口を制した。 「今日の映画の内容が入ってこなかったのは、瞳さんのせいですからね」 「ごめんなさい」 「あと子ども扱いされたことにも怒っています」 「申し訳ない」 「もう一度、言います。瞳さんが好きです」  私は奏を抱きしめる。そして彼女の望む私の本心を耳元で囁いた。  夏はあっという間に過ぎ去ろうとしていた。仕事に追われながらも、時間の許す限り奏と会いたかった。夏休み中の奏は予備校に通い、私たちは一緒に映画を観に行ったり、夕ごはんを食べたりしていた。  そして奏の夏休みが終わるころ、私は彼女を家に招いた。狭くて、散らかっているけれど、と私は前置きをしたが奏は興味津々と目を輝かせていた。 「ここが瞳さんのお城なんですね」 「ささやかすぎるけれどね」     
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!