幸福論 禁欲編

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何度目のコールだっただろう 諦めようとスマホに指を伸ばした瞬間 『藤堂君』 と、俺の名を呼ぶ声が聞こえた それだけでテンションが上がって仕方がない 「お、俺…」 間違っても何とか詐欺ではない 上手く言葉が出て来ないだけだ 『どう…したの?』 俺の様子を挙動不審か何かに思ったのだろう スピーカーの向こうから不審が漂っている 「どっ…どうもしないけど…何か用事がないと電話しちゃダメか?」 相変わらず電話の向こうから不審漂う沈黙が続いている こんな事なら電話かけなければよかった 「声が…聞きたかっただけなんだ」 けれども雪野の声は聞こえて来ない 「悪かった…じゃぁ切るな…」 そう言って画面をタップしようとした瞬間 『まっ…待って!!』 焦ったような雪野の声が響いた 『ちょっと暑くて、ベランダで一杯飲んでたんだけど暑くなってきちゃって』 「もしかして出来上がってた?」 『やっ…そうじゃないけど、そうかもしれない』 さっきまでの雪野の声が照れたような暖かさを帯び始め、俺は安心したように肩を下ろした 「実は俺も一杯やっていた所、しかもベランダで」 離れているとは言え同じ場所で飲んでいると思うと嬉しくて仕方がない、けれど… 「俺もそっち行っていい?ビール持参で」 もっと近くにいたいと思ってしまう 俺も欲張りだな なんて思って置きっぱなしになっているリクライニングチェアに腰掛けると 『ちょ…ちょっと待って』 と、焦った声が聞こえて来た 雪野はあたふたとしているのだろう、その様子が見て取れて俺は思わず吹き出してしまった 「冗談だよ、冗談!!」 俺の笑い声は雪野にも聞こえているのだろう、しばらくすると 『からかわないで』 と、膨れたような声が聞こえて来た 「でも…そっち行きたいのは本当」 そう言うと雪野からはまた沈黙が帰って来た あ…また変な事言ってしまった 素直になるって難しいようだ 「次…いつ会える?」 苦し紛れに思い悩み苦しんでいた事を聞いた 『ええっと…』 またも悩んだ雪野の声が聞えて来る 「無理だったらいいよ」 雪野の負担にはなりたくない まぁ俺の気持ちは治らないだろうけど 会えない…なんて言われたら雪野の部屋に押し掛けてるかもしれない そんな事したらストーカーになってしまうな なんて考えて自虐的に笑っていると 『う…ん、週末かな?多分また土曜日』 「分かった!!じゃぁ土曜日」 次会える日が決まった、それだけ…たったそれだけ、触れる事も出来ないけれども また雪野に会える ただ単純に嬉しくて、チェアから飛び上がってガッツポーズを決めてしまった
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