ポケットのひときれのパン

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おじいさんが横断歩道を渡ろうとした時です。何かがおじいさんの横を通り過ぎました。そして、猛スピードで走ってくる車に跳ねられたのです。 運転手は何かが車に当たった事がわかりましたが、そのまま走り去ってしまいました。 おじいさんは無事に横断歩道を渡り終えると、そのまま何も気付かず小路を歩いて行くと、いつものようにポケットのパンを道端にそっと置きました。 おじいさんが横断歩道を渡ろうとしていたのを見ていた動物がいました。スピードを出して走って来る車が見えました。その動物はおじいさんを守るために自分が犠牲になったのです。 目が悪いおじいさんがネコだと思っていたのは、実は狸の子供でした。狸の子供はお母さんとはぐれて小路のある森に隠れて住んでいたのです。 狸の子は、毎日おじいさんが置いてくれるパンを食べて命をつないでいました。その子にとって、おじいさんは命の恩人だったのです。 季節は短い秋が終わり、冷たい雪が降る冬が来ました。 何も知らないおじいさんは、いつものように道端にポケットのパンを置いて置くことを続けています。 今はもう、そのパンを食べていた狸の子がいなくなったことを、おじいさんは知りません。 ポケットに入っているパンは冷たくありません。冷たい雪が降る季節には、ポケットの中のパンは体温で温かく感じます。狸の子供が感じたおじいさんの心の温もりのように。 狸の子は車に跳ねられた瞬間に「おじいさん、毎日パンをありがとう。本当にうれしかった」と呟いた事を誰も知るよしもありませんでした。そして、横断歩道に横たわる狸の子が満足そうに微笑んでいたことも…。
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