一席目:豊楽亭の秘密

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一席目:豊楽亭の秘密

 今なお下町人情の風情が色濃く残る、東京・浅草。  連日多くの観光客が昼夜問わずに雷門前で写真撮影に勤しみ、そんな観光客をチラチラと様子見しながら、人力車の車夫が声掛けのタイミングを伺っている。  仲見世通りには異国の言葉が飛び交い、煎餅屋のおじさんは揚げたての煎餅を片手に試食を促し、活気に溢れた光景を写真に収める人々も数知れず。  通りを抜けた先の浅草寺では線香の香りが充満し、天に向かってもわり、ふわりと煙を漂わせている。何の変哲もない日常的な浅草の風景だけれど、何だか見ていてクスリとしてしまう。  そんな、浅草のメインスポットから右へ逸れた場所。伝法院通りの片隅に、ひっそりと佇む寄席がある。  空襲で一度全焼してしまったけれど、戦後、江戸当時の景観と内観をそっくりそのまま再現され、今に至るまでその姿を保つ『豊楽亭(ほうらくてい)』。この寄席は、都内に数件ある寄席の中で、一、二を争う歴史を誇る。私の一等好きな場所である。  ――時刻は深夜。お客様も師匠方もバイトさんも、全ての人が居なくなり、シンと静まり返った寄席の舞台袖。     
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