美味しくなあれ

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 小夜子はとうとうその時が来たなと思った。  四歳になった娘のほのかは幼稚園に入るなり、可愛い髪型にして欲しいだの、弁当のふりかけはキャラクターのものにしてくれだの、以前には口に出して言うこともなかったことを、はっきりと意志を持って主張しだしたのだ。  昨日だって、お友達と同じ髪型が良いと朝からはきはき言い始め、その理由まで言ってきたのだ。  もはや、家事能力ゼロの小夜子にとって逃げ場などなかった。  お弁当は可愛いくしてくれ、髪型は編み込みがいい、などなど、要求が増えることが多くなることに、覚悟を決めるしかない。 「月曜日はね、幼稚園でパンを作るの」  小夜子の不安も知らず、日曜日の午後をのんびりと過ごすほのかは、ソファに座りDVDを見て教えてくれた。少し飽きているのか、おもちゃを持ってきて、もう見ていなかった。 「みんなで作れて楽しいし、良かったね。お昼ご飯もそのパンをお友達と食べれて、きっと美味しいね」 「美味しいよ! だってアンパンマンだもん」  何気ない会話だが、小夜子は自分で言ったことに、否定的な思いがある。  ほのかには勿論言わない。 でも大勢で作ったからとか、お友達と作ったからとか、そんな理由なだけでパンが美味しくなるなら、ひとりで食べるソバは不味いのだろうか。  小夜子はひとりのご飯が好きだし、気楽で美味しく食べられた。  大勢だから美味しいとか、お友達と作ると楽しいとか、なぜか小夜子の記憶には刷り込まれていない。  食べられれば、それで美味しい。  そんなことを、ほのかに教えて良いわけがないと小夜子は努めて笑顔を作って、ごまかした。  すると、ほのかが「あのねえ」と甘ったるい声を出して、すり寄りおねだりをし始める。  こんな時は、決まってお願いごとがあるのだと思わず身構えた。 「お家でお菓子作りたい。ひまりちゃんも、ももちゃんも、みーんなやってるの」 「うん。どんなお菓子?」  小夜子はもう逃げられないと、腹をくくった。  デコ弁こそ禁止の幼稚園で、母親も冷食で間に合わせる人が多くて安心していたが、さすがに女子のイベントであるお菓子作りまでしないと徹底する親が揃っているわけじゃないようだ。むしろ、小夜子のような人間は少数派だろう。  小夜子は何が出来るかと必死で頭を巡らせるが、ほのかと一緒に出来るものがすぐに思い浮かばない。
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