第2章

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   勢いに圧され、思わず烏丸が謝ると、羽丘はハッと我に返ったような顔をした。  そうして咳払いを一つすると、どこか気まずそうに目を泳がせながら、ベッド脇の椅子にそっと腰かけた。  少しだけ興奮気味になった自分が恥ずかしかったのだろうか。  やがて彼女は照れ隠しのように、カバンの中身を物色し始めた。 「……やっぱり、雑誌はかなり古めのものが多いわね。最近は新曲も出してないみたいだし、年も年だから、メディアへの露出も減ってきてるみたい。それでも人気が衰えたわけじゃないと思うけど。未だにインスタとかツイッターのフォロワー数はどんどん増えてるし。この人が何か発言すれば、それだけでニュースになったりすることもあるのよ」  言いながら、彼女はカバンから取り出した雑誌を次々に布団の上へと並べていく。    烏丸がひとたび足を動かせば、それらはすぐに床へ滑り落ちてしまう。  そのため身動ぎ一つできなくなった彼の身体は、ほとんどベッドに拘束されたようなものだった。 「……本当に好きなんだね」  烏丸がしみじみ言うと、羽丘は再びハッと我に返ったようだった。  無意識のうちに緩んでいたらしい口元を引き締めながら、彼女は今度はゆっくりと窓の方を見る。 「パパとママがね、よくこの人の歌を口ずさんでたのよ。私がまだ小さかった頃から。だから、私もそれを真似してよく歌ってたの。そしたら、雲雀は歌が上手ねって、いつも口癖みたいに褒めてくれて……」  そこまで言ったとき、ふいに何かを思い出したように、彼女は遠い目をして寂しげに笑った。 「子どもって、そういうお世辞を真に受けちゃったりするじゃない? だから私も、本当に勘違いしてたのよ。私は歌が上手いんだって。将来はこの人みたいに、世界中の人が知っているような歌手になれるんだって思ってた」  幼い子どもは、親の言ったことをすぐ鵜呑みにする――そんな話を烏丸も以前どこかで聞いたことがあった。  しかし、自身が親のいない子どもであった彼にとっては、親子ってそんなものなのかな、というぐらいの感覚だった。  けれど目の前の少女にとっては、親に褒められたという経験はきっと温かい記憶として残っているのだろう。  彼女の穏やかな横顔を見ていると、きっとそうなのだろう、としか思えない。  
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