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話しかけやすい雰囲気をしているのか、街を歩けばよく人に道をたずねられる。駅はどこですか? コンビニはどこですか? そして、――天はどこですか?
「迷子になってしまいましたぁ」
背の高い美形青年に情けなさそうに泣きつかれて、律子は絶句した。
「助けてください。天へ帰る道を教えてください」
青年の背中から生えている巨大な白い翼。道路脇のタバコの自販機に、ぶつかりかけている。商店街のそばの道なのに、どうして誰も通りかからないのか。律子はぎくしゃくと首を回した。誰か助けてくれ。
「あぁ、日が暮れる。天の門が閉まってしまう」
あやしい発言をする青年の外見は、さらにあやしかった。茶色の髪は長く、胸あたりまである。薄手の白いローブが、木枯らしにひらひらと揺れて寒々しい。現実主義者の律子としては認めたくないことだが、その姿はまるで、
「あなたは天使ですよね。地上で身を隠して、仕事をなさる方ですよね。僕はまだ見習い天使です。どうか力を貸してください」
「ちがう、私は天使じゃない」
かろうじて、律子は反論した。自分の目に映るすべてを否定したい。自称天使は、あれ? と緑色の瞳を丸くした。
「もしかしてあなたは人間ですか?」
律子は大きくうなずく。天使は、「あぁーー!」とさけんだ。
「見習い期間中なのに、人間と話してしまった。先生に怒られる」
頭を抱えて、うずくまる。背中の翼がばさーっと広がり、律子は「ひょえー!?」とのけぞった。
「今日のことは内緒にしてください、お願いします」
天使は土下座する勢いで、頼みこむ。律子は混乱した頭で了承した。
「内緒にする。絶対に誰にも話さない」
というより、話しても誰も信じない。天使はほっとして、顔を緩ませた。
「ありがとうございます。このご恩は必ず返します」
翼をはためかせて、天使は夕暮れの空へ飛び立つ。律子はぽかんと口を開けて、天使の後ろ姿を見送った。夢でも見たのか。うん、きっとそうにちがいない。自分で自分を納得させる。
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