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1・キルクス・マクシムス(大競技場)の嘆き
古代ローマ風の庶民の酒場にて。夜も更けて、すっかり酔いつぶれそうになりながら、ある男が悪態をついていた。
「ちくしょう……コロッセウムのやつ、人気があるからっていい気になりやがって。いつかぶち負かしてやる。今に見ていろ。俺だって……俺だって、やるときはやるんだ──」
そう言いながら、男は飲んでいた麦酒の杯を、ガツンと机に打ち付ける。
彼はキルクス・マクシムス。つまり古代ローマの大競技場だ。短髪の黒髪黒目、年齢は二十三歳。背が高く筋肉のがっしりついた体格で、今は鎧を脱いだ軽装をしている。筋肉質でも細身なのは、彼がスピードを重視した体作りをしているからだった。
この都はローマ・アンティクア。街並みは古代ローマそのもので、有名な古代ローマの建築物が、ここでは人の心と体を持って、人間たちと暮らしている。
皆、自分の建築物を住まいに、おおむね平和に暮らしているけれども、たまに住民同士のトラブルもあった──。
「マクシムス、そんなに飲んだら身体に悪いよ。明日も競技があるんだろう? もう、飲むのはほどほどにしなよ」
飲んだくれているマクシムスの肩に、友人のパンテオンがいさめるように手をかけた。隣で麦酒を飲みながら、彼は友人の面倒くさい愚痴に長時間つき合っていた。
パンテオンは万神殿で、年齢は二十歳。短い茶髪に茶の瞳。服装はトーガにサンダル、頭には月桂樹の冠をかぶっていた。普段は温和なパンテオンも、今は顔を曇らせている。
「そんなにコロッセウムを恨まなくてもいいじゃないか。催し物の時間が互いにかぶったなんて、仕方がないよ」
パンテオンは困ったようにマクシムスに声をかける。
先日、競技場のイベントに多くの観客が集まっていた。そのときにコロッセウムでも別のイベントが行われた。それで観客がそっちのイベントを見たいがために、ごっそりとコロッセオ側に移動してしまったのだった。
マクシムスはそれが許せないようで、ぎりぎりと歯ぎしりしている。
「俺のところは競技中だったのに! 観客が半分もコロッセウムに持っていかれたんだぞ! こんな屈辱が許せるか!」
それ以来、マクシムスはコロッセウムをライバル視している。
彼は悔しい思いを、ぶつける場所のない怒りとして抱えていた。
酒場の席で、机に突っ伏しそうになりながらもマクシムスが再びくだを巻く。
「どうしてローマの客は『ローマと言ったらコロッセウムだよね~』なんだ!? 競技場と競馬のスペタクルと良さを、みんな分かってない!」
戦車競技や競馬、記念式典が中心の競技場は、人気はあってもコロッセウムには及ばない。それがマクシムスのプライドを傷つけていた。
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