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早春の空気凍てつく夕暮れ時。
大都会は変わらず慌しく、それでも西の彼方を紅に輝かす空の下では、ほんのり薫る梅の香までもがゆっくりと薄墨色に染まり始める。
しかし、そんな温んだ水のように穏やかに暮れゆく街中で、お吉は戸惑いも驚きも通り越した、ひどい混乱の中いた。
ここが、大きな通りであることは分かる。
その道の両端では、三々五々歩く人々の姿も見られる。だが――。
こ、りゃ……。
どうして自分が、こんな大通りのど真ん中に突っ立っているのか。それが、皆目分からない。
しかも石で塗り固めたようなその場所を、おびただしい数の得体の知れない大きな物が、埃を巻き上げ、ものすごい勢いで行き交い彼女を圧倒する。
お吉の鼓動は、あっという間に早まった。
きっちりと合わさった白い着物の襟元も、お吉の荒い呼吸を物語り次第に上下に波打ちだす。
だがその一方で、頭の中は真っ白。何がなんだか、どうしていいかも分からない。
ところが、天も、そんな彼女の気持ちを汲んだのか。
なぜか、目の前の奇妙な物体の流れが急に緩やかになった。
と思った間もなく、それらがピタリと動きを止める。
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