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娘と母と、おきつね様
学校から帰宅した実和は、古びてよく回らない玄関の鍵を、慣れた手つきで開けた。
「ただいまぁ……」
呟いてから、もう返事をしてくれる祖母はいないのだと何度目かに気付く。ストレートボブの黒髪を揺らして首を振り、溜息を吐いて自室に入った。畳敷きの和室で制服を着替え、細いフレームの眼鏡の端で、朝に出したままにしていた布団を捉える。
「めんど……」
いまどき毎日布団の上げ下ろしをしている女子高生なんて、どれくらいいるのだろうか。
そんなことを考えながら、勢いよく押し入れを開けた実和は、思わず目を瞬かせた。
白髪の女性が寝そべっていた。目を閉じて、心地よく眠っているようだ。
実和は押し入れを開けた手を、眼鏡のフレームにやってから、改めて女性を観察する。白く長い髪は結わずに垂らし、紺地に白い花が描かれた着物を着ている。頭頂部の左右に、白い毛に覆われた三角形がついている。というより、髪の間から生えているように見える。
分かったことは、この人は全く知らない女性で、自室の押し入れに入られる謂われはまるでない、ということだ。
はあ、と大げさに溜息を吐いた。――面倒くさい。一瞬、母が帰ってくるまでこのまま放置して、母に対応を押しつけようか考えた。しかし、知らない人間が自分の部屋にいるのは、やはり放っておけない。
声をかけようとした瞬間、女性の目がゆっくりと開いた。
「ああ、帰ったか。遅いのでな、少し休ませてもらった」
やや低いが玲瓏とした声音に、悪びれる様子は微塵もない。実和は表情を固くする。
「あの、誰だか知りませんが不法侵入ですよ?」
女性はおかしそうに笑った。
「我は人の作った法に関わらないからな。『不法』という言葉は当てはまらぬな」
「は?」
不思議な話し方をする人だな――内心で首を傾げた。
「其方、榊原実和じゃな?」
実和は眉を一層ひそめて息を呑んだ。見も知らない人に、なぜ自分の名前を呼ばれるのだろう。
女性はゆったりとした仕草で身を起こした。大きな瞳と、鮮やかな赤い唇が、にっこりと笑んだ。
「我は、稲荷神社の神じゃ」
実和は眉を動かさずに、無言でポケットから携帯を取り出し操作する。女性は襟を直しながら、興味深そうに実和を見ている。
「人を呼ぶのか。なるほど、薫の言った通りしっかりした娘だの。ちぃと頭が固い気もするが」
実和は携帯に当てようとした指を止めた。
「薫って、うちのおばあちゃん……?」
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