冷蔵庫

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一年中鍋パーティーをしている友達の渡辺、通称『なべ子』のうちに行った。今日は二人鍋。 「冷蔵庫に黒烏龍茶入っているから取ってきて-」 「わかった」 人様の冷蔵庫の中を一瞬でじっくり見ることができる特技を発揮してしまった。 冷蔵庫の奥の奧に、青い指輪ケースが入っていた。 まあきっと、指輪型のお菓子か何かが入っているんだろう。 そうチョコかと思ったら…… 「なべ子、冷蔵庫の中の、指輪ケース、チョコ? かわいいね」 「ううん。本物の指輪が入っているの」 「え! なんで?」 「あれと一緒だよー。ほら、目薬とか湿布とか食べ物じゃなくても、長持ちさせたくて、なんとなく入れちゃうでしょ?」 「でも指輪だよ」 「長持ちさせたいんだー」 「愛を?」 「愛を」 最近なべ子が婚約した事は、知っていた。 彼の悪い噂は、友達仲間で有名だった。浮気性だったのだ。 その彼が、『心を入れ替えた』と言って、なべ子にプロポーズした。 私はわざと馬鹿っぽい感じで話しかけた。 「でもさ、冷蔵庫なら逆に冷めちゃわない?」 「そっか。そうだよね」 なべ子は、ちらりと食卓の上の鍋を見た。 今日の鍋料理は初挑戦のお洒落なやつ。オイルにポン酢を入れて豚肉をしゃぶしゃぶして食べる鍋。準備万端で、鍋はぐつぐつ状態だ。 そこからが、早かった。 なべ子は冷蔵庫の奥に手を入れて、指輪ケースむんずと掴んで、蓋をぱかりと開けて、指輪を取り出して、鍋の中にぽしゃんと入れた。 「ほら、これでいいよね!」 満面の笑みだった。 私は、『鍋もったいない!』と怒るべきだったんだろうか。 『つらいね不安だね』と慰めるべきだったんだろうか。 どちらもせず、気がつくと笑っていた。 「めっちゃ熱々じゃん!」 一生のうちで一回くらいは、こういう時があってもいいと思ってしまった。 異常な鍋パーティーに付き合ってあげるよ。 友達だから。一緒に笑うよ。 でも、鍋に指をつっこもうとしたら、全力で止めるからね。
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