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「そうよ、忠勝様」
薙刀を頭上に翳し、唹久も言う。
「家族は離れちゃ駄目。みんなで小松を守りましょう」
「守りましょう」
すみれが大きな声で言った。すみれの背中に小松がくっついている。
「と言っても、本当に危ないぞ、ここは」
忠勝はうつむき、上目で乙女たちを見ながら言った。
「いくさになるかもしれん。武田が遠江を狙っている気配があるのだ」
「鍋」
乙女が一段高い声を発し、また石突きで三和土を叩いた。忠勝は自然と背筋が伸びた。
「武家の女だ、私たちは。いくさがいかほどの事か。武田の忍がいかほどの事か。今川の野武士がいかほどの事か。鍋についていくと決めた日から戦いの中に身を置く覚悟はできている」
「乙女」
忠勝は呟いたきり、絶句した。乙女は子供の頃からお転婆ではあったが、これほどまでに、凛とした強さは持っていなかった。小松を産んでから乙女は格段に強くなった。忠勝よりずっと強い。乙女の小松と同じ糸の眼から発せられる強い光に忠勝は圧されるばかりだった。
「私も乙女と同じ気持ちよ」
唹久が言った。乙女と較べると落ち着いた雰囲気だが、引いても押しても動かない腰の強さを唹久は持っている。
「この地で、一緒に戦いましょう。貴方の傍に居れば何も怖くないわ、忠勝様」
「ありがとう」
忠勝は言い、家族に向いて頭を深く下げた。
「俺の中に生じていた不安や迷いは今、すべて霧消した。みんなのおかげだ。何があってもみんなは俺が守る。いつまでも、一緒に居よう」
「支えるぞ、鍋」
乙女が言った。忠勝は胸から込み上げてくるものを抑えた。
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