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その夜、勘当覚悟で顕人は、父親が寛ぐリビングのソファの近くに立って、再度話し合いたいと思い声をかけた。
夕飯前だったので、母親はキッチンで夕飯の支度をしていた。
「お父さん。昨日はごめんなさい。俺は自分の言いたいことしか言わないで、俺の気持ちだけ押し付けてお父さんに甘えていました」
父親は一切無言だった。
「でも、俺の本気を知ってください」
顕人は深々と頭を下げた。
夫の態度にハラハラしながら、母親はアイランドキッチンで二人を見守る。
「……側から見たら、国境なき医師団は尊敬される仕事だろう。医療が行き届かない場所で身を粉にして働き、給料だって大した事はない。ほぼボランティアみたいなもんだ。お前は私が、ただ跡を継がすために、お前を繋ぎ止めていると思っているんだろう?」
流石に殴った事は自分も悪いと思ったのか、父親も今夜は冷静だった。
「はい」
顕人が答えると、父親は首を振った。
「お前は私より、小さい時から手先が器用だった。今も絶対にいい外科医になれると思っている。その才能を病で苦しむ人に使ってこそ、お前は活かされる。それなのに何をそんなに生き急ぐように、まだ医者にもなっていないのに国境なき医師団に入りたいと言える?焦るな。もう少しゆっくり考えろ。お前がどうしても国境なき医師団に入りたいなら、それなりの条件をまずはクリアしろ」
父親の言葉に、顕人は驚き父親の顔を見つめた。
手先が器用だから。小さい時から外科医になれと言っていたのは、そう言う理由があったからなのかと、顕人は父親の言葉の意味をやっと理解できた。
こんなにも自分をよく見ていてくれた父親の姿を、自分はちゃんと見ていなかったことを気づき後悔した。ただ勝手な思い込みで、独り善がりに父親に反発していた。
「でも、焦ってしまうんです。自分が非力だから。まさかお父さんが、俺に外科医の才能があると思っていてくれたのも気づかないくらいに」
父親は、はははと笑った。
「その気持ち分からなくは無いがな。誰でも通る道だ。でも、もう大人になったらどうだ?冷静に周りを見る目を養え。誰かと競っているなら、その相手と、とことん競え。だが、羨ましがるな。羨む暇があるなら、なりたい自分になるように努力しろ。そうすれば焦りなんて感じなくなる」
父親はそう言うとキッチンに入った。美味しそうな匂いが充満していた。
「美味そうだ。腹が減った。そろそろ夕飯にしてくれ」
穏やかな夫の顔を見て、母親はホッとして顕人に声をかけた。
「そろそろ夕飯にするから絢子を呼んできて」
その夜は家族揃って、暖かな夕飯の時間を過ごした。
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